第七章 11-2
洞窟に入ると、中は思ったより明るい。一応、松明の準備もしてきたのだが、どうやら不要だったようだ。
魔物もいるが、小物ばかり。やはり一番の驚異はあの毒グモであろう。
しかし、今三人が気を取られているのは、魔物ではない。
「えーっと、これは一体?」
「……机と椅子だな」
「それは見れば分かりますわ」
正確には、机と椅子、それにティーセットとお菓子、花瓶に生けた花(たぶん野草)。
ちょっとしたくつろぎ空間と化してるが、しかし回りが小高い崖のようになっているのでくつろげるかは謎だ。ここが誘拐犯の指定した場所らしい。その証拠に立て看板がある。
“いらっしゃいませ。どうぞ、椅子に座ってお待ちください”
「えーと、親切だね……?」
親切……なのだろうか、これは。
だとしても、椅子が一つしかないあたりは詰めが甘い。
「馬鹿、というか……抜けてますわね」
多少なりとも緊張してここまでやって来たというのに、一連のことで完全に脱力してしまった。
どうすれば良いかも分からず困惑していると、野太い男の声が遠くから聞こえていた。何やら怒鳴っているような声が。
「バッキャロー! 諦めるなっ! 家族がいなくても友達とか誰かいるだろ! もうしばらく待つんだ。きっと誰かがオレ達のために身代金を持ってきてくれるさ!」
オレ達、というよりマキナもといマウリヤのための身代金であるのだが。セリフからして誰も来ないことに焦っているようだ。
その後、怒鳴った人物を称賛する声が聞こえてきたことから、誘拐犯は複数。
足音は二人分のものが聞こえてきた。
「二人組なのかな」
「いや、まだ分からない」
「別の場所に潜んでいるかもいれませんしね」
二人組はどうやらこちらに向かってきているらしく、声はどんどん近くなってきている。
「……ん? あっ、あれはまさか?!」
ようやくこちらに気付いた男が、慌てて駆け寄ってきた。下から見上げ、人がいることを確認すると梯子を持ち出し、急いでかけ上がる。子分にあたると思しき男には何か指示でも出したのか、片割れはもと来た道を戻っていった。
「あんた……まさか、身代金を……?!」
大柄な男が顔を出した。初めて対面した時の誘拐犯は、頭から花が咲いているんじゃないかと思うほど、浮かれてた。アルティナの持つ鞄を目にした時は特に。
男はあやしい敬語を使い、リタ達を歓迎した。
「ようこそ、いらっしゃいませ! いやぁ〜、こんなむさ苦しいところまでよく来てくださいやがりました!」
「はぁ。いえ、あの……」
「分かってます、分かってます。あなた方、アレでしょう、マキナお嬢さんの……いや〜っ、いい人だ! あんた方は素晴らしい人だ! 誘拐したかいがあった!」
丁重な応対……と言えるのかこれは。
なぜか、わけの分からない歓迎と誉め言葉をもらった。完全に相手のペースに呑まれたリタに代わり、アルティナが口を開いた。
「人質は無事なんだろうな」
「大丈夫、お嬢さんは元気にしてやがりますよ。かすり傷一つつけてません。ちょうとばかりお待ちを」
へっへっへ、といかにもな笑い声を上げる男。カネを渡したら素直に人質を返してくれるのだろうか。
「すいやせん、身代金は……」
「もちろん、持ってきたに決まってますでしょう」
アルティナから鞄を受け取ったカレンは、ダン、と机の上に鞄を置いた。見た目にはあまり分からないかもしれないが、かなりの額が入っている。そのため結構派手な音を立てたそれに軽くビビった男。金額を聞くと、驚きすぎたのか何も言えない。
「…………?!」
しかし、カレンはその誘拐犯の沈黙を別の意味で捉えていた。
「何ですの、もしかしてこれでは足らないとおっしゃるのかしら? あなた方が金額おっしゃらないから、こちらは……」
「あっ、アニキ〜!! 大変だ!」
子分の小柄な男が血相変えてこちらへ向かってきている。真っ青は顔をした自分の子分に、大柄な男が何があったのか問うと、子分は悲鳴近い声で答えた。
「捕まえてたお嬢さんが逃げちまった!!」
「はぁ?!」
すっとんきょうな声を上げたのは、誘拐犯だけではない。
(消えた人質)11(終)
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今回なかなか書きづらかったです、なぜか。
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