第六章 06-1
それは、大きな地響きと共にやって来た。
「……っく、」
ギィン、と石に剣の当たる嫌な音がした。当然ながら、剣などで石を叩いたところでダメージを与えられるはずもなく、いたずらに歯こぼれを起こさせているだけな気がする。しかし、それ以外に現状を打破する何かしらの手段など、アルティナは持っていない。こんなことなら個別で行動するんじゃなかったと思ったが、今更後悔したところで時既に遅し。
それに、そんなこと考えている場合ではない。
(魔法なら効くか……? だが魔法なんて使えないぞ俺は)
刃物を扱うことはあれど、杖などというモノを持ったためしがない。というか自分の場合、正規の使い方より振り回して殴打した方がよほど有意義に使える気がする。そんな風にずっと思っていたものだから、魔法には全く縁がない。
ふいに、体が影に覆われた。これはヤバい。即座に反応して地を弾くように影をかわす。次の瞬間、自分が元いた場所は大きな石の拳が地面に深々とめり込んでいた。避けていなかったら今頃潰されてぺしゃんこだったということで。ひくり、と顔が引き吊る。洒落にならない馬鹿力だ。
しかも、先ほどからよく分からないことを言っている。
自らを石の番人だと言う魔物曰く、自分は町を守る番人で町を荒らすことは許さないだとか、ラボオではないなら殺すだとか何とか。
(一体ここで何てモンを飼ってんだ、ラボオとかいうじーさんは!)
石の番人が暴れた後には、石の彫刻の残骸が散乱していた。町を荒らしてるのはどっちだ、と言ってやりたい。……言ってやりたいのは山々なのだが、必ずやり取りは石の番人からの一方通行なので、会話なんて成立する以前に崩壊していた。人間の言葉を介せるはずなのに、何でこちらの話は聞いてくれないのだろう。全く良く分からない。
どうすれば良い。一旦退却するしかないのか。それとも、リタ達が来るのを待つか。地響きには気付いたはず。なら、もうすぐ駆けつけてくるだろうか。
逡巡している間にも相手は次々と攻撃をしかけてくる。
(せめて剣がボロボロじゃなかったらな、)
この石の怪物に対して、全く手がないわけではない。一つだけ方法がある。しかし、それを失敗したら今度こそ終わりだ。
「アル!」
後方から待っていた声が聞こえてきた。自分をそう呼ぶ人物は一人しかいない。足音が二つするから、二人とも駆け寄ってきたことが分かった。
「少し下がってて!」
指示通りに後退すると、リタがヒャドを唱えた。風が石の番人を切りつける。どうやら魔法は効くらしい。
「やっぱり初級魔法じゃあんまり効かないかな……」
「いや、普通に攻撃するよりよほど効いてる。剣じゃ全く歯が立たなかったからな」
おかげで、結構な苦戦を強いられることになった。直接攻撃をうけはしなかったものの、一度吹っ飛ばされたため、足に打撲傷があるかもしれない。が、軽い打撲で済んだだけマシだ。あの攻撃をもろに受ければ骨折どころでは済まないだろう。
「全く無茶をなさいますわ。逃げて時間稼ぎすればよろしかったのに」
「それも考えなくはなかった」
だがしかし、相手は足踏みで地響きを起こし、岩をも砕く怪力の持ち主である。すでに家を一件破壊しているところを見てしまっては、物陰に隠れたところで、全てを破壊してさえも自分を追いかけてこようとするのではないか、と思う。その上、隠れた場所を粉砕されたらひとたまりもない。リスクが高すぎて無理だと悟った。この番人は石の町を守るなどと言いながら平気で物を壊すので、わけが分からない。すでに、アルティナと戦った周り一帯はあらかた彫刻を壊されていた。
「ところでラボオは見つかったか? そいつがいれば何とかなりそうなんだが」
「それが、ラボオさん……どうやら亡くなっているらしくて」
「亡くなった?!」
もしやとは思っていたが、やはりすでに亡くなっていたとは。
「俺達で何とかするしかないってわけか……リタ! あの番人は俺が何とか引き付けるから、お前は呪文を唱えろ」
「番人って……」
一瞬怪訝な顔をしたものの、この目の前の怪物が“番人”なのだとすぐに理解したらしい。
「そ、そんなことして大丈夫なの?!」
「分からん!」
「えええぇ?!」
けど、そうするしかない。
リタは呪文を使えるが、魔法使いなどの魔法のスペシャリストなどではない。攻撃されながらでは、呪文を使うのは大変だろうし、ならばこちらが魔物を引き付けて呪文を唱えるのに集中してもらった方がいい。そう考えたわけで。
「しっかりやれよ」
彫刻の残骸を番人に投げつける。大したダメージにならない……というか全く効いていないが、注意をこちらに向けるのには最適だった。
「もう、アルってば……」
強引に作戦を決行するアルティナに、仕方ないなぁ、と小さく呟いた。石の番人に目標を定め、今度はより強力な呪文を唱えようと意識を集中させる。彫刻の残骸が周りにあちこち落ちているので、バギ系は使わない方が良いだろう。石を巻き込んでしまえば、更にアルティナを危険に晒してしまう。ならば。
「ヒャダルコ!!」
大きな氷塊が石の番人を覆い、そして炸裂した。ピシリ、と番人の肩に小さな亀裂が走る。
「……上々だ」
かなり手応えを感じた。これなら、いける。
ニヤリと笑い、剣の柄に手をかけた。
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