天恵物語
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第六章 01

「いない……んですか?」


「留守らしいんだ……ここに住んでいるラボオじいさんは素晴らしい彫刻家だと聞いて来たんだけどなぁ」


ビタリ山の麓。小さな小屋とそれを囲む数々の芸術作品――美しい石の彫刻を手がけるラボオという老人は、どうやらここに住んでいたらしい。
リタ達より前に小屋へ来ていた男の人は、小屋の周りの彫刻を見ていた。


「困りましたわ、どちらへ向かわれたのかしら……」


頬に手をつき、溜息を漏らすカレン。
女神の果実という、神々しくも恐ろしいチカラを秘める果実を探し回収しようと各地を旅する一行は、いきなりの行き止まりな状況に困惑した。


「それにしても……随分の間家を留守にしているんだな」


小屋の中はホコリだらけだ。


「ラボオさんはどこに行ったのか……せめて行き先が分かれば良いんだけどなぁ」


諦めの溜息を吐き、ぼやくと男の人は去って行った。また出直してくるのだとか。
すると、タイミングを見計らったかのようにサンディが顔を出した。今去った男の人にはサンディは見えないだろうから隠れる必要はないのだが、声も聞こえないので、サンディと話すのは決まって人がいない時だった。


「ラボオとか言う人ってば、どーこ行っちゃったんだかネー」


「デュリオさんの話じゃ、ここだったはずなんだけど」


ラボオという人はカラコタ橋からビタリ山へ向かったっきり、らしいが……もしかしたらここではないのかもしれない。


「こちとら出直してる時間は無いんですケド。どーすんのリタ」


「全くですわ、出直すにしても小屋がこの状態じゃ帰ってくるかも疑わし………………あら?」


“あら?”の部分でサンディとカレンは向き合った。そして、一瞬の沈黙。
一番最初に声を上げたのはリタだった。


「…………カレン、サンディの声聞こえてるーーっ?!」


「えっ……これが噂の?! 黒い妖精さんですの?!」


「黒いとか言わなーい!! ガングロって言うのよコレは!!」


「見えてもいるらしいな」


ぎゃあぎゃあ騒ぐ中、アルティナが冷静に事実を述べた。
どういうワケか、カレンにもサンディを認識することが出来るようになっていた。最初は、見えもしなければ声だって聞こえなかったのに。


「…………不思議ですわ。これも天の思し召しなのかしら」


「ま、案外神サマの手助けだったりするかもネ。この旅はサ、ユーレイとか見えてないと、ぶっちゃけキツイっしょ」


「サンディが見えるなら、きっと幽霊も見えるよね」


実際、今まで幽霊に助けられたことは少なくない。
きっとこれからもその見えないモノを見れる力は必要になってくるだろう。


「……って、ちょっとリタ、アタシを幽霊みたいに言うんじゃないワヨ! アタシは謎のギャルだっつってんでしょーーがっ!!」


「あ、ごめ……いたっ、痛いってごめんって!」


サンディがリタの頭をポカポカ叩いていると、後ろからガラッと扉の開く音がした。リタ、サンディ、カレンが同時に振り向く。それはアルティナが小屋の戸を開ける音だった。小屋に鍵はついていなかったらしい。


「あ、アル……?!」


勝手に人の家に入っても良いものだろうか。少し迷ったものの、アルティナは一向構わず小屋に入り、そして古ぼけた手帳のようなモノを持って出て来た。


「これが窓から見えたんだ。金品物色しようってワケじゃないんだから良いだろ別に入っても」


「そういう問題ですの?!」


というか、こんな小屋で石の彫刻を極める男に金品なんて望めるわけがない、などと盗賊らしいことを言い、もともと開いていたページを三人に見せる。
三人の顔が、みるみる凍り付いた。



――遠い昔。私は泣く恋人に五年で戻ると言い聞かせ、修行の旅に出た。私はひたすらに彫った。気付けば約束の五年など、とうに過ぎていたが、気にも止めなかった。けれど、ようやく故郷の村に戻った私が目にしたのは、すでに他の男と結婚した彼女の姿だった。
……すべては過ぎ去った話。この老いぼれが若かったころの話。だが、それでも……。
……私は北のビタリ山へ行く。終わりまであと少し。この山小屋には、もう戻らないだろう――




「これ……戻らないだろう、って……」


ということは。


「まぁ、遺書だろうな」


これを見て、アルティナは小屋に入り込んだのだった。見開きにこんな文章があれば、ただ事ではないとすぐに分かる。


「ラボオさんはビタリ山で何をしてるんだろ……」


「……って考えてる場合なワケ?! ラボオとか言う人死ぬつもりなんでしょっ、早く追わないと!!」


「わ、分かってるよ!」


日記を元に戻し、ビタリ山を見据える。……かなり険しそうな山だった。
それはまるで、自分達の旅路を示しているように思えた。――果ての見えない、長旅。
口には出さなかったけれど。










(それでも、進むしかない)
01(終)



―――――
石の町編です。
あと、ようやくカレンがサンディ見えるようになりました!


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