間奏U 13-1
「何でキミがここに来ちゃったんだろうね。全く、」
役に立たないヤツら。
目を細め口を歪めた笑顔で、そう吐き捨てる。目の前の光景を信じられない面持ちで見つめる。
こんな顔は見たことがない。いつも儚げでどこか悲しそうな顔をしたあの人物の面影は無い。
「驚いた? いつも幸薄そうな没落貴族を装ってたからね。信じられないの、分かるよ」
「フィウメ、お前……」
「私の目的、教えてあげようか? キミは勘が良いから、もう分かっちゃったかもしれないけれど」
にっこりと笑う。しかし、そんな表情とは掛け離れた言葉を紡いだ。
「もう何年も前から、復讐しようと思ってたんだ。……その男に」
その男、と視線を頭領に移す。復讐は、果たされた。
アルティナも、のろのろと顔を向ける。
「どうしてか、知りたい? それにはまずは私の出自を言わなければね。アルティナ、私はセントシュタインの貴族だったんだよ」
再びフィウメを振り返る。フィウメは歌うように告げる。
「まぁ、貴族って言っても成金の下級貴族なんだけれど。私はまだ小さかったからまだ分からないけれど、裏では相当汚いことをやってたらしいね。とは言え、そんなこと貴族には当たり前。それなのに、」
どうして私達だけ、殺されなければならなかったの?
告げられたのは、一家の惨殺。
深夜。なかなか眠れず、本でも読もうかと立ち寄った両親の部屋。異様な空気を感じ、扉を開ければベッドに横たわる二つの亡きがら。直後、屋敷に火が放たれた。まだ幼い妹は後から焼けた屋敷で発見された。
天涯孤独の子どもが一人だけ、取り残された。
「犯人はすぐに分かった。もともと盗賊団の仕業だって分かってたんだ。その上、そいつはその昔、私の父に借金をして破産に追い込まれていた」
つまり、復讐なのだ。この男も。復讐の連鎖。
「……だからって、人を殺して良い理由にはならない」
ようやく搾り出すように言うと、フィウメは興が削がれたようにアルティナを見つめた。分かってない、そう言うように。
「キミは大切な人を失ったことないから、そんな綺麗事を言えるんだよ」
そこで初めて、一瞬だけ哀しみの色を見せた顔。しかしそれはすぐに狂気を孕む。
「その男が憎い。盗賊団も憎い。盗賊団に与するキミもデュリオもエリーヌも、カラコタ橋全てが!!」
血を吐くような叫び。おもむろに教典のような本を取り出した。相当古い物なのか、劣化が激しい。
「こんな場所、滅びれば良い」
「……、それは……」
ページをめくるフィウメは「知りたい?」とクスクス笑った。妖しい笑みを顔に貼り付けて。
「滅びの“呪文”って、聞いたことない?」
あるよね、という響きを含んだ問いだった。確かに聞いたことがある。紛れも無い、フィウメ自身から聞いたことだ。
「アルティナ、世界には滅びの呪文というのがあるらしいよ」
「……何だそれ? つーか何読んでるんだよ」
「秘密。その呪文はね、術者の持ちうる魔力全てを使って発動するんだって。魔力の多い者ほど威力が上がるっていう……。でも、一回使うと、どんなベテラン魔導士でも魔力を使いきって死に至るとか」
「…………本当に何読んでるんだお前……」
そんな呪文を使おうったって、死んだら意味が無いじゃないか、とその時は軽く受け流していた。
だけれど、今は違う。
あの時と同じ本を持つフィウメに戦慄を覚える。
「やめろ!! お前、そんなことしたら……」
フィウメがどの程度魔力を持つか、その呪文にどの程度の威力があるのか分からない。
破滅は、果たしてカラコタだけに留まるのだろうか。世界も、どうなるかは予想がつかない。
フィウメには危機感など微塵も無い。ただ少しだけ本から目を離し、狂気とも違う哀しみとも違う、何かを含んだ無表情をアルティナに向け、静かな声音で言い放つ。
「止めたいなら、私を殺せば?」
「……、な……」
殺す。
それが、破壊を止める唯一の方法?
「簡単なことだよ。私を、殺す。……私があの男を殺したように」
あたかも、虫を踏み潰せと言うような声音で、殺害をそそのかす。
人の命は決して軽くはないけれど。命を奪うことは容易だ。
「そんなこと……出来るかよ!! やめろフィウメ……やめろ!!」
フィウメの表情は変わらない。ただ、本を見つめている。
「もう一度言うけど、私は……もう止まらないよ」
止まらない。
紫の光が溢れ出し、辺りを禍々しく包み込む。
傍から見ていても分かる。
時間がない。
呪文が発動したら。
フィウメだけでなく、自分も命はないだろうことは分かる。自分はいい。しかし、この町の住民は――デュリオは、エリーヌは、世界の人達は?
秤にかけてしまえば、選ぶのは――
時間がない。
「やめろぉぉぉおおぉぉーーっ!!」
復讐の連鎖は止まった――最悪の形で。
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