第五章 16
女神の果実は無事に回収され、村は以前の活気を取り戻した。堕落しきっていたのが、嘘のように。
「リタ、準備はよろしくて?」
「忘れ物は無いな?」
「うん、バッチリ!」
元気に答えたリタは少ない荷物を持ち、村の船着き場に着いている漁船に乗り込んだ。
「さて……次は東の大陸、ですわね」
「うん。えーと……あっちの船着き場に着いたらカラコタ橋を通ってサンマロウってところに行けるんだね」
大陸の地図を広げながら、何気なく言うと、なぜか空気がピシリと固まった気がした。しかも、アルティナもカレンも黙ったままで視線があらぬ方向を向いている。
「……二人共、どうかした? もしかしてどこか具合悪かったりとか……」
「べ、別に何でも……」
そう言ってそっぽを向くアルティナはやはりどこかがおかしい。
「い、嫌ですわリタっ。アルティナはともかく私は至って正常ですわよホホホ」
「カレン、それ私じゃないから猫だから」
「…………」
降りる沈黙。カレンが話し掛けた猫は「ニャー」と鳴き、乗っていたタルから飛び降りると、どこかへ行ってしまった。
明らかに挙動不審な二人に首を傾げる。
「リタさん!」
「あっ、オリガさん! トトくんも!」
オリガとトトがやって来た。
そのため、二人が挙動不審な件はうやむやになってしまう。
「本当にありがとうございました。どうなることかと思ったけど……もうぬしさまは呼べないってこと、皆にも分かってもらえて本当に良かった……」
ツォの浜は、以前のように漁へ出るようになった。近海では魚は取れなくなってしまったという話だったので、今度は遠くまで取りに行くらしい。
ツォの浜は沿岸漁業が主だったが、これを期に沖合漁業、もしくは遠洋漁業が主流になるのだ。
「きっと、これからいろんなことがあるよ。海のこと、浜のこと、ぼく分かるようにならなくちゃ」
「うん。トトくんは一人でプライベートビーチに乗り込めるくらい度胸があるもん。きっと大丈夫!」
それに、プライベートビーチの件で思ったことだが、トトは親である村長なんかよりも立派でしっかりしているように見受けられた。
村の将来を背負うのがこの目の前の二人なら、きっとツォの浜は安泰であろう。
「そういえば……あなたのお父様、まだ起きませんの?」
「うん……ぬしさまのことが、すごくショックだったんだろうね」
プライベートビーチから帰ってきてからというものの村長は寝込んでしまい、それからずっとベッドから出ることが出来ずにうなされていた。そこまで追い詰められるとは思わなかったものの、それならやましいことなど最初からするなという話である。
トトも責任を感じているようで、とりあえずリタ達が村長に一番言いたい一言は「なに息子にいらん苦労かかせてんだ、このあほんだら」である。
「ぼく、がんばって大人になるよ。そんで、ぼくリタさん達みたいに強くなる。オリガのこと守るんだ! これから、ずーっとね!」
「あらあら、ませてますのね」
「えへへ」
頭をかくトトと、はにかむオリガは実に微笑ましかった。
それと同時に、出航の合図がかかった。
「よし来たっ! それじゃあ出航だ!!」
漁師の掛け声と共に、船が動き出す。
「あの……良かったら、またこの浜に帰ってきてくださいね! 私達、いつでも歓迎しますから!」
「またね!」
「うん! オリガさん、トトくん、またいつか……」
船の後端部から、リタは大きく手を振った。オリガとトトも、船着き場からめいっぱいに両手を広げて振ってくれた。
それは姿が見えなくなるまで続いたのだった。
「……ツォの浜は、あの二人がいればもう大丈夫だね」
安心して、旅立てる。
二人はまだまだ幼いが、でも強い。これからも困難や過ちはあるかもしれないけれど、あの二人なら乗り越えられると信じている。
オリガとトトの笑顔を見て、そう強く感じた。
(私は、あの笑顔が見たかったんだ)
ツォの浜に来たばかりとは比べものにならないくらいの、とびきりの笑顔がそこにはあった。
「それもこれも、オリガさんのお父様のおかげですわね」
「うん」
オリガの父は、自分がしたこと――ぬしさまになってオリガを助けようとしたこと――は余計なことだったと言った。だが、これはきっと必要なことだったのだ。
(ぬしさまとなってオリガを助けてくれたことは、余計なことなんかじゃない)
オリガにとっても村長にとっても、そしてツォの浜の村人にとっても、必要なことだったのだ。
「この村を救ってくださり、ありがとうございました……“ぬしさま”」
(そして、新しい大陸へ)16(終)
第四章完結
―――――
ツォの浜編終了!
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
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