「苗字さん。」 パソコンの画面を見ていた彼が顔をあげて私を呼んだ。 「はい、」と返事をして傍に寄る。 ああ、まだ頬が煤汚れている。あとで濡れタオルを渡そう。 ぼやっとそんな事を考えていたら、彼が口を開く。 「到底信じがたい話ですが…僕はこの世界の人間ではありません。」 「………………………え?」 ちょっと待って…時間をください理解が追い付かない。 この世界の人間では無い?ここに存在しているのに? 「でも、降谷さんは私の目の前に存在してて…」 「はい。でも、僕は確かに爆発に巻き込まれた時に杯戸町にいました。決して夢なんかではありません。 お借りしたパソコンで調べてみましたが、建設中のショッピングモールで今日爆発があったなんてニュースは何処にも載ってない。」 この人の言っている意味がわからない。 喉がカラカラで、コーヒーを口に含めば先程よりも強く苦味を感じた。 「街の事も調べましたが、杯戸町だけじゃなく、米花町、他にも僕の知っている街がこの世界には存在していないんです。 そうなると、僕はあの爆発の拍子に苗字さんがいるこの世界に飛ばされてきたと推理するのが1番真実に近いんだと思います。」 「じゃあもしそれが本当だったとして、元の世界への帰り方は…?」 「残念ですが、今の段階ではまだ…。」 ギュッと、降谷さんが拳を握る。 降谷さんは今、この世界に、ひとり。 私とおんなじ。ひとりぼっちだ。 そう思ったら、なんだか彼を凄く身近に感じた。 「…あの、それなら…帰れるまでここにいて下さい。突然こっちに来たのなら、また突然元の世界に戻れるかもしれないし。」 「………良いんですか?突然戻る可能性があるなら、当然あなたに御礼を返すことが出来ないかもしれない。 こんな見ず知らずの、ましては男を…。」 「大丈夫です。幸いこの家には私しかいませんし。両親も祖父母も…皆亡くなってしまったので周りも気にする必要ありません。 有難い事に両親達が残してくれたお金は沢山ありますし、降谷さんが良ければここにいて下さい。」 「…すみません、嫌な事を思い出させてしまいましたか…」 「そんなことないです。両親も祖父母も私を沢山愛してくれましたし。 何より今は仕事が忙しくて寂しいなんて思ってる暇無いですし!」 本当は嘘。今日みたいに、ふとした瞬間に寂しくなる。 だからきっと、降谷さんが戻れる戻れない関係なく、私は誰かに傍にいて貰いたいんだ。 「それに降谷さん、警察官なんですよね?もし私の近くに悪い人がいたら撃退して貰います!」 柔道なんて習ったことないけど、テレビでみた記憶を便りに背負い投げをする振りをする。 ずっと眉間に皺を寄せていた降谷さんの顔が「ありがとうございます。」と少し緩んだ。 「それでは…お言葉に甘えまして、僕が元の世界に帰るまでこちらでお世話になります。」 「はい。宜しくお願いします。」 ニコリと笑えば、降谷さんも少しだけ笑ってくれた。 あれからもう少し調べものがしたいと言った降谷さん。 熱があるから無理をしないようにと一言添えてから私はシャワーを浴びに行った。 さっとシャワーを浴びて髪の毛を乾かしていたら、くぅとお腹が鳴ったので今朝作ったミネストローネでも温めようと思う。 降谷さんにもスープを出そうと思うけど、まだ熱がありそうな彼にはお粥を作るか悩む。 「降谷さん、顔色も良くなって来ましたし、身体辛くなければシャワーどうぞ。着替えは置いてあります。 下着類は乾燥機があるので、お急ぎモードでかけて貰えればすぐに乾くと思います。 ジャケットはそこのハンガーにかけてくださいね。」 「何から何まですみません…。」 「いえいえ。着替えは私が前にサイズを間違えて買った物です。勿論新品なので安心して着てください。」 「本当にありがとうございます。何と御礼を言ったら良いか…」 「困ったときはお互い様ですよ。それと…お腹空いてませんか? 私、夜ご飯まだ食べてなくて。今朝のスープ温めようと思うんですが降谷さんも食べれるようなら。」 「ありがとうございます。いただきます。」 さっきのお水の件があったから、少しだけ聞くのを悩んだがあっさり食べると言ってくれて安心した。 「お粥の方が良いですか?」 「いえ、大丈夫ですよ。かなり楽になったので。 寝てしまえば明日には下がると思います。」 「そうですか!それじゃあ熱が下がれば明日は洋服類を買いに行きましょう。」 流石に所々破けたスーツ1着では可哀想だ。 明日の朝イチで近場で降谷さんが着るものを買ってきて、それから駅チカの大型店舗で揃えよう。 今日何度目かの御礼を言った降谷さんは、浴室へと消えていった。 さて、スープを温めよう。 世界を越えた人 (あなたのことを教えて) [mokuji] [しおりを挟む] |