「……さん、名前さん。」 ポンポンと優しく肩を叩かれ、ゆっくりと意識が浮上する。 「…あむろ、さん、」 「もうすぐ着きますよ。」 ああ…そうだ、タクシーの中だった。私、寝ちゃって、て……… 「ごっ、ごめんなさい!肩、痛くありませんでした…!?」 「ええ。大丈夫です。」 気付いたら安室さんに寄りかかって寝てしまっていた。 私が慌てて謝れば、「良く眠ってましたね」と安室さんが微笑む。 涎とかもつけてないよね?…良かった。大丈夫そう。 「気分、どうです?」 「ちょっと寝たらスッキリしました!」 「それは良かった。」 「スッキリし過ぎて寝れるかちょっと心配です。」 「ふふふっ。そうなったら、名前さんが眠くなるまで付き合います。」 そんな会話をしていると、マンションの前でタクシーが止まった。料金を支払って、運転手さんにお礼を言ってからタクシーを降りた。 「飲み物、此処に置いておきますね。」 「ありがとうございます。わぁ…レモンが入ってる。」 シャワーを浴び終えてリビングのソファーで寛いでいると、安室さんが飲み物を持ってきてくれた。 グラスにたっぷり入った氷と、輪切りのレモン。上にはちょこんとミントが乗っている。 「二日酔い防止のはちみつレモン水です。 はちみつに含まれるビタミンB1はアルコールの分解を促進し、ビタミンCが分解したアルコール類をいち早く体の外へ排出してくれます。 レモンには安眠効果があるリモネンが含まれているんですよ。」 安室さんは本当に博識だ。 私、二日酔いに効く物ってしじみのお味噌汁くらいしか知らないもん。 「レモンとはちみつ。大好きな組み合わせです!いただきます!」 「どうぞ。」 「ん〜!美味しい!酸味も甘さもちょうど良いです。」 「お口にあって何よりです。」 グラスを置いて、ぐっと伸びをする。 ベランダの窓を開けているので、入ってくる夜風が気持ちいい。 少し目線を上げれば、夜空には真ん丸のお月さま。私が持っているグラスに入ったレモンみたいだ。 ………真ん丸の、……お月様………満月。 バッと、勢い良く安室さんを見る。 満月の日って…!!! 「名前さん?どうかされました?」 私が勢い良く振り向いたので、安室さんは目を真ん丸にして驚いている。 私はそれを気にせず、隣に座る安室さんの腕や頬にペタペタと触れる。 「ちゃんと触れる…。」 「えーっと………名前さん?」 不思議そうな顔をした安室さんに、触れていた手を掴まれた。 「安室さん、もしかして今日って…満月の日、ですよね?」 「ええ。今日は満月ですね。」 「じゃあ…安室さん元の世界に帰れる日じゃ…!」 「残念ながら、違ったみたいです。」 「…え?」 安室さんが壁掛け時計を指差す。秒針はどちらも1番上で重なっている。 「たった今、日付が変わってしまいました。」 安室さんが眉を下げて言った。 日付が変わって、満月の日が終わった。 安室さんが此処にいると言う事は、元の世界には戻れなかったと言う事。 「でも!今月は満月が二回あるって安室さん言ってましたよね。それなら次の満月で…」 「その可能性は薄いかもしれません。そもそも満月が関係していない可能性もあります。 それに…満月が関係していたとして、僕が元の世界へ帰る為には何か他のピースも必要なのかもしれません。」 「そんな…。」 「大丈夫です。他の手がかりをまた探せば良いだけですよ。だからそんな顔しないで下さい。」 優しく頭を撫でられて、胸がぎゅっとなる。 せっかく見つけた手がかりだったのに。 でも…安室さんがまだ帰らないとわかった瞬間、少しだけ、ほっとした。 元の世界に帰してあげたい。それは本心。 でも…安室さんとまだ一緒にいれる事を、嬉しいと思ってしまう私もいる。 …ダメだなぁ、私。 「安室さん、私ね…」 「?はい。」 「安室さんが、元の世界に帰らなくて良かったって少し思っちゃいました。」 「………それは、どうして?」 いつもだったら、きっと絶対言えない。でも、今日はお酒を飲んだから。 酔ったせいにして…素直な気持ちを、ほんの少しだけ。 「………私が知らない間に、安室さんが元の世界に帰っちゃうのは寂しいですから。」 「奇遇ですね。僕も、名前さんに会えないまま帰るのは寂しいです。」 「ふふふっ。一緒ですね。」 「ええ。一緒です。」 安室さんも、私と同じ気持ち。 胸がむずむずして、くすぐったい気持ちになって、安室さんと笑い合った。 |