「えっと、このセルにこれを入力して…っと。よし、終わった!」 椅子に身体を預けて、ぐっと伸びをする。 今日中に急ぎでやらなければならない仕事はこれでなんとかクリア。 何度か挫折しそうになったけど、心が折れる前にハニーラテで幸せチャージしてたから頑張れた。 「お腹空いたな…」 集中していたら、あっという間にお昼だ。 きゅるりと鳴るお腹を擦りながら、安室さんが持たせてくれたランチトートを片手に立ちあがる。 安室さんのお弁当、すっごく楽しみ! どんなお弁当なのかな。 朝ご飯を詰めてくれたって言ってたし、卵焼きとかおにぎりとか? 安室さんの卵焼き、ぷるふわで美味しいんだよね。 あー!考えたらもっとお腹空いてきた! 「あ、いたいた!名前!」 「名前2!」 「ちょうど良かった。今呼びに行こうと思ってた所。社食、行くでしょ?」 「うん、行く。」 うきうきしながら廊下へ出た所で、同期の名前2に呼び止められた。 名前2とは入社試験の時から一緒。 入社後に再会してすぐに仲良くなった。 部署が違うのは残念だったけど、お互いの時間の合う時は一緒にランチタイムを過ごしている。 「今日は何食べよっかなー。昨日はAランチだったし、今日はカレーにでもしよっかな。名前は?」 「私、今日はお弁当なの。」 ランチトートを名前2に見せながら言うと、名前2は驚いた顔をした。 「名前がお弁当なんて珍しい!何?雨でも降るの?」 「ちょっと名前2!その言い方酷い! 私だってお弁当作って来る日だってあるよ!」 「ごめんごめん。それくらい珍しかったから。」 ケラケラ笑いながら名前2が私に謝る。 ホントは自分で作ったお弁当じゃなくて、安室さんが作ったお弁当だけどね。 安室さんと一緒に住んでいるのは秘密だから…勿論言えないけど。 2つ上の階にある社食に着くと、昼時なので流石に人が多かった。 「私が場所取っとくから、名前2は先に買ってきて良いよ。」 「ありがとう助かる!自販機で飲み物も買うけど、名前もいる?」 「じゃあ…無糖の紅茶でお願い。」 「OK。紅茶ね。」 ボトルの中には安室さんのハニーラテがまだ半分残っている。 でも午後もきっと忙しくなるから、これは午後の楽しみに取っておく事にした。 名前2にお金を渡してから、空いている席を探す。ちょうど奥の座席が空いたので2人分の席を確保した。 暫くそこで待っていると、トレーにパスタを乗せた名前2が帰ってくる。 「お待たせ。これ名前の紅茶ね。お弁当、温めに行くでしょ?」 「ありがとう!うん。あっちで温めてくる。」 「はいよー。あれ?名前、足元に何か落ちたよ?」 「ん?」 名前2に言われて足元を見れば、2つに折り畳まれたメモが落ちている。 「名前がお弁当出した瞬間に落ちたみたい。」 「なんだろ?底に付いていたのかな。」 足元に落ちているメモを拾い上げ、不思議に思いながら開いてみる。 名前さんへ お疲れ様です。 無理してないですか? ちゃんと休憩取ってますか? しっかり食べて、 お仕事頑張って下さいね。 今日は早く帰って来れますように。 「〜〜〜〜〜っ、」 「名前、どうした?」 名前2がいるのも忘れて思わずテーブルに突っ伏してしまった。 メモの中には安室さんから私に向けてのメッセージが綺麗な字で書かれていた。 決めた。今日は絶対に何がなんでも早く帰る。お仕事残ってても定時で帰る。 この前セロリが好きって言ってたし、最近出来たちょっと高いデリに行ってセロリ系のお総菜いーっぱい買って帰ろう。 「名前?」 「あ、ごめんごめん大丈夫!大昔のメモが入ってて、恥ずかしさでびっくりしちゃって!」 「何それ私も見たい。」 「ダメダメダメダメ絶対ダメ。これはもう誰にも見せられないメモだから。じゃあ私お弁当温めてくるから先に食べてて!!」 ポケットにメモを入れて、お弁当を持って立ち上がる。 安室さんからの不意打ちに動揺したのか、立ちがった拍子に椅子に足をぶつけた。ちょっと…いや、結構痛い…。 様子のおかしい私を心配する名前2に大丈夫と答えて、今度こそ電子レンジが置いてあるスペースへ足を向けた。 「名前のお弁当、めちゃめちゃ美味しそう。」 私のお弁当を覗き込んだ名前2が呟く。 だよね。私もさっき全く同じこと思ったよ…! お弁当箱の蓋を開ければ、艶々の白いご飯。 綺麗な焦げ目が付いた焼き魚と、ふわぷるの卵焼き。 黄緑とピンクの見た目が華やかなアスパラベーコン。 可愛いタコさんウインナーに、彩りにちょこんと入ったブロッコリーとミニトマト。 あの短時間でここまで完璧にお弁当を作れる安室さんは、絶対にその辺の女子よりも女子力が高い気がする。 「ふふふっ」 「何1人で笑ってんのよ。」 「いや、可愛いタコさんウインナーだなって。」 お箸でタコさんウインナーをつまんで持ち上げる。ちゃんと目と口まで付いてる。 このタコさんウインナーを安室さんが作ったんだって思ったら、ちょっと笑えてしまった。 男の人にこんな事を思うなんて失礼かもしれないけど…安室さん、可愛いな。 「可愛いって、自分で作ったんじゃん。変な名前。あ、卵焼き1個頂戴?」 「卵焼き好きだからダメ。」 「ケチ。」 そんなやり取りを名前2としながら、あっという間にお弁当を食べきった。 どれもこれも本当に美味しくて大満足。 帰ったらいっぱいお礼言わなきゃ! 気付けば名前2もカレーを食べ終わっていて、そのまま食休みをしながら2人でおしゃべり。 お昼休み終了まであと20分。もう少しゆっくり出来そう。 「そう言えばさ、あの人来てたよ。ほら…今度うちの会社と合同プロジェクトやる所の会社の…。」 「あぁ。あの広告代理店の人?」 「そうそう。なんだっけ名前………」 「苗字さんじゃないですか!奇遇ですね!」 「…お疲れ様です、笹川さん。」 噂をすればなんとやら。 話題に出ていた笹川さんが手を振りながらこっちへ歩いてくる。 広告代理店に勤める彼は、今度うちの会社と合同プロジェクトをするらしく…ここ最近は社内で良く見掛けるようになった。 笹川さんの後ろには見たことの無い男性が何人かいた。同じ代理店の人かな? 「お疲れ様です。苗字さん、今からお昼ですか?」 「いえ、食べ終わったので休憩を。」 「それは残念。僕たちさっき会議が終わってこれから昼なんです。 良かったらご一緒にと思ったんですが…一足遅かったようですね。」 「すみません。」 私が謝れば、笹川さんはまた次回にでもと笑った。 「苗字さん、そちらの方は?」 「あ、同期です。同期の苗字2名前2。 名前2、こちら、いつもお世話になってるアドラー社の笹川さんです。」 「はじめまして。名前と同期の苗字2名前2です。笹川さんのお噂はかねがね伺ってます。」 「はじめまして、笹川です。噂なんて…照れるなぁ。 御社との合同プロジェクトに参加させて貰っているので、苗字2さんにもお世話になるかもしれません。その時は宜しくお願いしますね。」 「ええ、こちらこそ。」 …お昼、食べ終わってて良かった。 笹川さんと名前2が握手しているのを横目で見ながら思う。 普段なら接点なんて無いんだけど…プロジェクトチームの仕事がこっちに降りてくる事が最近あって、そこで笹川さんに話しかけられたのが始まり。それから仕事の事で何度か話すようになった。 今ではうちの会社に来る度にこうして声を掛けてくれるけど…正直、笹川さんって苦手。 上手く言えないけど、なんか怖くて…。 でも良く私の部署に顔を出す人だから、露骨に避ける事も出来ないんだよね…。 「では苗字さん、苗字2さん、明日の夜に。時間は追って連絡しますね。」 「え?」 「はい!宜しくお願いします!」 ハッとして顔を上げれば、笹川さんはこちらに背を向けて歩き出していた。 え、なに?全然聞いてなかった…! 「名前2、明日の夜って?」 「名前聞いてなかったの? 笹川さん、明日もうちの会社に会議で来るんだって。明日金曜日だし、その後に笹川さんの会社のメンバーと私達で飲みませんかって言うからOKしといた。」 「ねえ待って!私、一言も行くって言ってない!!!」 「名前、どうせ暇でしょ?他の女の子も誘って良いみたいだし、名前も行こうよ!」 聞いてなかった私も悪かったけど、勝手に話を進めないで…! 「私行かな…、」 「ダーメ!笹川さんが名前の事は絶対連れて来てって言ってたから名前は強制参加だよ。」 「でもっ…!」 「良いじゃん。アドラー社って言ったらエリートだらけだし、笹川さんって超やり手で上からも期待されてるみたいじゃん。 カッコ良くて人当たりも良いから社内外でも人気で、うちの部署の営業さんも笹川さんの事めちゃくちゃ褒めてたよ。」 「名前2には言うけど…私、笹川さんって何か苦手で。だから行きたくないの。」 「でもさ、今は苦手でも好きになるかもじゃない? 行こうよ名前ー!お願い!私も素敵な出会いが欲しいの!」 顔の前で手を合わせて私に頭を下げる名前2。 こうなったらきっと私が良いよって言うまで動かないんだろうな…。 何だかんだで名前2には色々助けて貰ってるし…仕方ない。 「……私、一次会が終わったら絶対帰るからね。」 「やったぁ!ありがとう名前様っ!」 ほんっとに調子良いんだから。 まぁ…この子のそう言う所も好きなんだけど。 「時間と場所は?」 「今日の夜に笹川さんが連絡くれるって。名前のアプリのIDと電話番号も教えといた。」 「私のも教えちゃったの!?」 「え、ダメだった?」 「ダメじゃないけど…。」 今まで何度か聞かれたけど、のらりくらりかわしてきたのに…。私の今までの努力が…サヨナラ私の個人情報…。 「ごめん名前!」 「………良いよもう。私もちゃんと言ってなかったし。」 「ほんっとごめん!後で駅前のカフェのハニーラテ奢るわ。」 「…抹茶シフォンもつけてね。」 「OK任せて!じゃあ、先輩とか同期の女の子にも声かけてみるから。名前、また連絡する。」 「わかった。」 時計を見ればもうすぐお昼休みが終わる時間。 明日の事を考えると憂鬱になるけど、今日は絶対に定時で帰るって決めたし、午後からも気合い入れて頑張らなきゃ。 パチンと両手で頬を軽く叩いてから、デスクに戻るために席を立った。 |