「なぁ弾バカー」
「なんだよ、バカ」
「いや槍つけろよ」
「どっちにしろバカじゃねーか。で、なに?」

作戦室のソファーに陣取っていた出水のもとに随分とご機嫌な様子の米屋がとびこんできたのは所謂おやつの時間ごろのこと。
訓練室に行ってくる、と数時間前に出ていった太刀川は未だ戻らず。
唯我は今日は高校の方でなにやら用事。昨夜徹夜だったという国近は仮眠室でどうやら寝ているらしく、珍しく太刀川隊作戦室は静かだった。

「いや、開発部にさぁすげえええかわいい人いんの知ってる?」

出水が占領していたソファーの向かい側に腰を据えた米屋は楽しそうな表情を崩さぬままそう口を開いた。
その言葉に出水は、まさか。と思わずにはいられない。

「あー、どんな人?」
「さっきちょっと弧月の調整に開発部いったらさ、なんかハタチくらいで、なんか小さくて、すっげぇほわほわした感じで、まーとにかくくっそ可愛いんだって」
「その人って、茶色の……太刀川さんと似た感じの髪の色してて、160センチくらいの背で、細くて、のんびりした感じの人とかじゃねーよな?」
「あ、知ってんの?あの人なんて名前?年上の彼女とかよくね?」

想像通りの相手だったようで、出水は今後きっと不運な目に合うだろう友人に心から同情した。
そっと手を合わせて米屋を拝むと、米屋は意味がわからず首をかしげていたが、実はその時米屋の背後に、ドス黒いオーラを漂わせた太刀川さんが近付いていたのが目に入っていた。

「ほぉ、米屋。俺の姫に、手を出そうっていうのか?」

実戦の最中でもなかなか聞けないような、迫力と殺気すらも交じるような、地の底をはうような声に、ビクリと体を揺らした米屋に、思わず出水の顔に苦笑が浮かぶ。

ああ、槍バカ。お前、せめて最後の年上の彼女のフレーズさえなければ、まだ生きれたのに。

「たちかわ、さんの姫?」
「おー。俺のかわいいかわいい妹に、なんだって?年上の彼女だ?ん?俺の耳がおかしかったか?」
「え、いもうと……さん?」
「開発部の一番の美人つったら、俺の妹、つまりさあらのことだろ。お前には絶対やらん、とりあえず二度と姫に手をだそうなんて気持ちにならねー用にしごいてやる。ブース行くぞ」

米屋はそのままキレた胡散臭い笑みを顔に貼り付けた太刀川さんに、首根っこを捕まえられて引きづられていく。
出水は、それをため息とともに見送った。巻き込まれたくないので、助けを求める米屋の視線は思いっきり無視した。
止めようものなら、確実にこっちまでトリオン体をぶつ切りにされる。



「あれ?出水くんだけ?」

それから少しして、静けさを取り戻した太刀川隊作戦室に、遠慮がちに入ってきたのは、私服の上に白衣を重ねた小柄な女性。
噂の太刀川の妹その人だった。

「あ、今太刀川さんなら個人ランク戦の方にいってます」
「もー、またかぁ。慶のゼミの教授からレポート出てないって言われたの」
「またですか」
「そう!もう、とっ捕まえなきゃ。ありがとう出水くん、これ柚宇ちゃんと唯我くんとたべてね。慶にはあげなくていいから」
「はーい、ありがとうございます」

もう、と怒った顔を作った年上の彼女は、確かに米屋が騒ぐ気持ちもわかるほど可愛くて。
いつもありがとうね、慶の面倒みてくれて。と撫でられたら思わず抱きしめてしまいたいくらいだったが、後のことを考えて出水はしっかり踏みとどまった。

俺の妹、と太刀川はいうが、彼女と太刀川は双子で、同じ大学にかよいながら同じようにボーダーで働いているのだった。
違うところは、片や戦闘員、片や開発部所属であることと、片や不真面目を絵に描いたような大学生活を送り、片や成績優秀で、教授方からの覚えめでたいところだろうか。

「さあら!!!」
「慶!」

作戦室を出ようとしたところで、突然扉は逆から大きく開かれ。
大声で叫び声をあげて現れたのは、もちろん太刀川だった。
当たり前のようにずかずかとさあらのすぐ近くへたどり着くと、当然のように小柄な彼女をぎゅうと抱きしめて、相好を崩す上司に、出水はこっそりとため息を吐き出した。

「会いにきてくれたのか?」
「うん、会いに来たの」
「嬉しい!」
「私は嬉しくない。宮崎教授から、明日提出期限のレポートがまだ出てないっていわれたの。というか、期限は三日前に切れてるのに、太刀川君だからって待っててくれてる……って聞いたけど」
「……あ」
「どういうことか、説明してくれる、よね?」

ニッコリと笑う姿はとてつもなく可愛いのに、彼女の背中には龍か虎が見えるのは、太刀川のきのせいではないだろう。

「えーっと、あれだ遠征でいそがしく」
「遠征なら、10日前に帰ってきてたよね」
「その後体調不良で」
「遠征から帰ってきてからずっと、私の部屋でのんびりお餅ばっかり食べてたでしょう。それ以外はずっとランク戦とか訓練室にこもってたのはバレてるの」
「……ごめんなさい」
「もう、わかったら早くレポートやる!じゃなきゃ終わるまで私の部屋へ立入禁止!」
「やだ!!!!!」
「いやなら早くレポートやりなさい!!」

ビシッという効果音が聞こえるほどの一喝に、さすがの太刀川も肩を落とし、その彼の背中をぐいぐいと押してソファーまで行き、そのまま太刀川をテーブルの前に座らせる。
そしてパソコンやら各種資料などをテーブルの前に配置していく手つきは、毎回のことなので無駄がない。
半泣き、という表情でパソコンをいじり始めた太刀川に、満足そうに笑うと、さあらは立ち上がり、二人に声をかけた。

「お茶入れるわね。出水くんなにのむ?」
「こないだ入れてくれた紅茶がいいですあまいやつ」
「了解」
「俺もほしい」
「慶はコーヒーです。ブラック。終わるまで寝れると思わないでね」
「わかったよ、ちゃんと終わらせる」
「よろしい。ちゃんと終わったらご褒美にコロッケ作ってあげるから」
「……やる気出た」
「ふふ、がんばって」

背筋を伸ばして、パソコンに向き合い始めた太刀川はなかなかのスピードで手を動かし始めて。効果絶大だな、と感心しながら、出水は簡易キッチンにむかって声をかける。

「俺もコロッケ食いたいんですけど」
「しょうがないなぁ、たくさん作るから皆でたべにきてね」
「やった」

ぎろりと、上司の視線を感じたが、出水は素知らぬ顔で甘い紅茶を目の前に運んできてくれたさあらに笑いかけた。

かいはつしつのおひめさま


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