初書き

私の顔、青い?と最近某女のように聞きまくっているのは、ある店のせいだ。


会社勤めしている父の友人が、面白い店が開店するから食べてくれよちなみに甥っ子なんだ試食してくれ。
つまりは、可愛い甥っ子のレストランのために食べて宣伝してくれということだった。
それに二つ返事で行く父もどうかと思ったけど、上手い飯が食べられるならと私も付いて行った。


だけども出て来たのはなんだ。
私はパスタを頼んだはずだった。父はカレーを。
まず二品とも青かった。カルボナーラが、ルーが青い。気持ちいいくらいの晴天だ。
実際見てみると気分が落ち込む。
父の顔は引き攣っていた。父の友人は爆笑していた。私は、そばに佇むシェフを見ていた。



「ああ、いらっしゃい。今日も試食よろしくね」

きれいな女顔に似合わずハスキーな声が店内に響く。
私はあれからよく通うようになった。もちろん太らないよう時間を空けて。

「河端さん。今日は何?」
「今日はデザートを考えたんだ。パンケーキ」


河端秀平さんというこの店の店長さんは、とてつもない料理を当たり前のように作る。

「子供の時から青空が好きでね。晴れの日はずっと上ばっかり見てたからよく色んな所にぶつかってた」

ほら、頭の形おかしくない?おかしくないか。笑えない私の代わりに河端さんは笑う。
別に、きれいな黒髪の頭だ。

「美術はずっと青空描いてたね。極めたよ。
さすがに自画像は背景だけ青色にしたけど」

多分誰も注意しなければこの人、自分の姿も青色にしてたのかもしれない。

「河端さん。パンケーキ美味しいよ、でも青くて落ち込む、可愛くない」
「だから生クリームは白で、雲を表現してるんじゃないか」
「でも可愛くない」
「でも美味しい」

そう返して、ハスキーの声できれいに笑う。
上品な笑顔って、見惚れる笑顔って女の子だけじゃないんだ。この人の笑顔は、女の子よりも色気があって、純粋じゃないちょっと裏がありそうな笑みを浮かべる。

私はこの人に一目惚れをしていた。
初めての感覚だ。


「料理でしか、青空を食べた気分になれないんだ。
一番の理想は、ナイフで分厚く青空を切り取ってフォークで優しく刺して口いっぱいに頬張る」

ジェスチャーを交えながら言うけど、ステーキを食べる仕草にしか想像できない。
そう言うと、河端さんは。
「想像力が足らないね。女の子ってもっと空想とか妄想とかするでしょ?」

全国の女子が全員そんな訳無いじゃないか。
肩を竦めて残念がる河端さんの細い指を凝視していた。

そろそろ開店する。
あの人がその指で作る青空の産物を私が独り占めできなくなる。
苦しくなっていた。





「河端さん。私ここでバイトしたい」

試食係最後の日。
青空の色をしたハンバーグが出てきた。野菜は通常の色をしているのにメインだけは違う。

「うん。いいよ、あまり時給よくないけど」

自分で聞いたくせに、その返事には反応しないまま、私はナイフでハンバーグを切っていく。
肉汁が溢れ出す。青空の中に透明な肉汁が出て、天気雨みたい、無理やりかな。

「面白いね。天気雨かぁ…嫌いじゃないよ」


でも好きじゃないんだ。この人が好きなのはあくまでも青空だった。

「…―河端さん、もたまには座りなよ」
「うん。そうだね」

カウンター席で、私の横に座る。テーブルに片肘をつき、私のほうに体を向けている。
なんか、覗き込まれてるみたいで照れる。

まだ、私は切っていた。

「はは、切りすぎじゃない?食べてよ」


「…―じゃあ河端さんが食べてみて。最後くらいは」



「いいよ」

そのいいよが、拒否なのか受け入れたのか解らないが、私は彼の口に、フォークでぶっ刺したお肉を入れた。
小さく口が動く。料理人の顔をしていた。


「…―おいしいよ。僕が作ったけど」
「うん、おいしいと思うよ私も。だけど」

フォークとナイフを置く。
多分、私の顔は赤くなっている。


「私だけのものにしてよ、青空の料理。

私が、青空の色になって、好きになってくれるなら」


言った後で、ちょっと偉そうだったな、と気まずくて視線を逸らしてしまった。
河端さんの顔は見れるわけがない。
意外と自分が臆病者なんだと気づいた。


「…―葵ちゃん」

あ、名前呼び気持ち悪いか。小さく呟いたのが聞こえて、思わず顔をあげた。

河端さんの優しい顔が、私を見ていた。
彼は、大人だ。
自分が子供みたい。


「だめだよ」

優しい笑顔。
私の仏頂面じゃこんな笑顔作れない。

「そっかぁ…」


「葵ちゃんが青空の色になったら、赤くなる顔見られないよ。
それに、さすがに人間が青色になるのは僕だって嫌だし。

そんなことしなくても、僕は君のこと好きだよ」


さらさら、と河端さんは笑顔で言った。
あっさりしすぎているくらいで、逆に怖くなった。

失恋した気分で、涙が出て来た。
目もそらせない、こんなへたれな顔見せたくないけど、そらしたくなくて、私達は見つめ合っていた。

唇が震える。涙が止まらない。

「その、好きは、私の好きとは違う…」
「違わないよ」

河端さんは笑っている。

「だって、僕一目惚れしたんだよ。
…君からしたらいい年したやつが、若い子を好きになるのは気持ち悪いかもしれないけど……でも、好きだよ」

私は首を振る。
長い黒髪がゆれた。

「気持ち悪いなんて、無いし、というか一目惚れって…」
「疑う?まあ、最初は名前からドキッとしたけども…」
「名前からなの?」
「い、いやいや、違…わないかもしれないけど!素直に女性として好きの一目惚れだから!」

恥ずかしい、だなんて悶えて両手で顔を隠した河端さんが、人間ぽく見えた。

「ねえ、河端さん」

落ち着きを取り戻したのか、ゆっくりと両手を顔から退けた河端さんが、こちらに微笑みかける。
切り取られた青空のハンバーグはまだ残っている。

「青空と私、どっちが好き?」


きっとしばらくは、青空に嫉妬ばかりしているのだろう。

答えはあえて聞かずに、細かく切ってしまった青空に、フォークを乱暴に刺した。
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