完成品(お題:「青空にフォークを刺して、」)
私の顔、青い?と最近都市伝説の某女のように、友人に聞きまくっているのは、ある店のせいだ。
「変なもの食べると体壊すよ、葵」
「いや、美味しいんだよ?見た目がアレなだけで」
その店の物の写メを見せるとたいていドン引きされる。
常識のある私が、そんなものを食べに行くのには理由がちゃんとある。
4ヶ月くらい前。
会社勤めをしている父が、友人から、面白い店が開店するから食べてくれよちなみに店長甥っ子なんだ試食してくれ。と、頼まれた。
つまりは、可愛い甥っ子のレストランのために食べて宣伝してくれということだった。
それに二つ返事で行く父もどうかと思ったけど、上手い飯が食べられるならとついて行った私もどうかと思う。
だけども出て来たのはなんだ。
私はパスタを頼んだはずだった。父はカレーライスを。
まず二品とも青かった。カルボナーラが、カレーが青い。本当の空だったらひなたぼっこするくらいの晴天だ。
私達が青空を真下に見ている感覚に襲われるという、店のインパクトとしては三ツ星をあげたいくらいのものだった。
だけど実際見てみると気分が落ち込む。
あんなに笑顔だった父の顔は引きつっていた。
父の友人は爆笑していた。
私はといえば、そばに佇むシェフ、この料理を出した張本人をずっと見ていた。
それで、私が通う理由とは。
「ああ、いらっしゃい。今日も試食よろしくね」
扉を開けると、きれいな女顔に似合わずハスキーな声が店内に響く。
営業用の笑顔が私を迎えてくれた。
「河端さん。今日は何?」
「今日はデザートを考えたんだ。パンケーキ」
カウンターに座り、河端さんが一番よく見える席に座って出される料理を目で追った。
真っ白のお皿を持つ指はごつごつとしていて、顔に似合わず男らしい。
指から腕、二の腕、肩、首、顔と、目が自然に動いて、河端さんと目が合ってしまう。
もちろん笑ってくれるけど。
私が通う理由は、私が好きになってしまったこの人に会うためだ。
河端秀平さんというこの店の店長さんは、とてつもない料理を当たり前のように作る。
「子供の時から青空が好きでね。晴れの日はずっと上ばっかり見てたからよく色んな所にぶつかってた」
ほら、頭の形おかしくない?おかしくないか。笑えない私の代わりに河端さんは笑う。
別に、きれいな黒髪の頭だ。
「美術はずっと青空描いてたね。極めたよ。
さすがに自画像は背景だけ青色にしたけど」
多分誰も注意しなければこの人、自分の姿も青色にしてたのかもしれない。
「河端さん。パンケーキ美味しいよ、でも青くて落ち込む、可愛くない」
「だから生クリームは白で、雲を表現してるんじゃないか」
「でも可愛くない」
「でも美味しい」
こうやっていつも笑ってばっかりだ。河端さんは色気があって、純粋じゃないちょっと裏がありそうな笑みを浮かべる。
私は、この人に一目惚れをしていた。
「自分の料理でしか、青空を食べた気分になれないんだ。既製のものに青色を混ぜても満足しなくて。
一番の理想は、ナイフで分厚く青空を切り取って、フォークで優しく刺して口いっぱいに頬張る」
ジェスチャーを交えながら言うけど、ステーキを食べる仕草にしか想像できなかった。
そう言うと、河端さんは。
「想像力が足らないね。女の子ってもっと空想とか妄想とかするでしょ?」
全国の女子が全員そんな訳ないじゃないか。
肩をすくめて残念がる河端さんの細い指を凝視していた。
――デザートを出すところから考えると、もう開店が近い。
河端さんの優しさに甘えて、私だけ得をしているのが、これからは私は彼にとってお客様になってしまうのだろう。
フォークに刺した雲がかった青空のパンケーキを食べる。パンケーキの甘さが生クリームのとちょうど良くて好きだ。
でも、口に入れるたびに苦しかった。
今までありがとう、これで最後だよ。と言いながら青空の色をしたハンバーグが出てきた。野菜は通常の色をしているのにメインだけは違う。
お皿にかかったソースも青く、丸い小さな青空が出来上がっていた。
緑と橙の野菜は、さながら青空を浮かぶ気球…いや、風船だ。
昨日から続く悶々とした気持ちで私はナイフでハンバーグを切っていく。
じわっと肉汁が溢れ出した。青空の中に透明な肉汁が出て、天気雨みたい、無理やりかな。
「面白いね。嫌いじゃない」
でも彼は好きじゃない。好きなのはあくまでも曇りのない青空。
こんなもやもやとした女子高生、青空じゃない。
だからって河端さんが曇りのない大人には思えないけど。
「…―河端さん、もたまには座りなよ」
「うん。そうだね」
カウンター席で、私の横に座る。テーブルに片肘をつき、私のほうに体を向けている。
なんか、覗き込まれてるみたいで照れる。
まだ、私は切っていた。
「はは、切りすぎじゃない?食べてよ」
「いや、見られると食べづらいよ」
何だか食べるのが苦しくて、しょうがないからフォークとナイフを静かに置く。
私には、楽しそうに嬉しそうに食べる事が出来ない。きっと彼なら、切り取った本物の青空を食べる妄想をするんだろう。
「食べてるときテンション上がる?」
不意に聞いてみる。
当たり前のように河端さんは答えた。
「うん。妄想してる感じだけど、擬似体験っていうの?そんなことしてる。
そんでたまにぼーっとしてる」
「昔から変な人って言われるでしょ」
「言われる。僕はそんな意識無いんだけどさ」
変人なんてそんなもんだろうと何も言えずに黙っていた。
するといきなり葵ちゃん、とハスキーの声が聞こえて、慌てて何?と返したから裏返ってしまった。
名前で呼ばれてドキドキした。
返事を聞いて納得したような顔をした河端さんは、両肘をついて手を組んだ。顎をのせて静かに口を開く。
「僕さ、小学生の時は雨が好きだったんだ。匂いとか傘とか、色々と嫌なことも隠せるから。
でも小六の夏くらい、親が離婚して、雨が降ってたんだ父親と別れる時。
あんなに笑いあっていた二人が真面目な顔で、本当に信じられなくて。そんな事する夫婦には見えなかったから」
目は真っ直ぐ前の厨房を見ているけど、河端さんは、多分昔の自分を見ている。
お母さんと一緒に家を出る自分。お父さんは無表情でそれを見送る。
子供にはうまく理解できない、二人の間に目で交わされる無言の会話の時間なのだろう。
「恨みたかったんだ。何を恨むのか分からなかったんだけど、あの二人の顔を見ると、どうしても何かにぶつけたくて…だから雨を恨んだんだ。
雨じゃなくて、天気が青空だったら、二人は考え直したんじゃないか、て。だから、青空が好きになったんだよ、単純だろ?」
ふっ、と自嘲するような笑みが垣間見えた。
この人はいくつの笑顔を持っているんだろう。
河端さんの、本当の笑顔はどれなんだろう。
凝視してしまっている私に気づいているのかないのか、話を続けた。
「…いつも青空は、両親を思い出させるんだ。…―羨ましいんだよ、本当に昔が。しょうもない奴だよ僕は。…未練がましくずっと引きずって、他人に当てつけみたいに、こんな料理まで作って食べさせて――」
河端さんの顔が俯いて、表情が分からない。
私はまだ何も言えない。
でも…河端さんにとって、青空は幸せな家族の象徴。戻りたくて、羨ましくて仕方ないから、戻れない代わりに彼は青空をとてつもなく愛して、青空の料理を作っていた。
彼の苦しさと、歪みと羨望が詰まった、軽いものじゃない。それこそ、切り取って食べたいくらいに。
そんな話を聞いてしまってどうしてか、無性に、河端さんを抱きしめたくなった。
「――ごめんね、暗い話して。でも、君だから言いたかったんだ」
「…どういうこと?」
「葵ちゃんが、初めて来た時、この子性格冷めてるけど幸せなんだなって思った」
「余計じゃない?冷めてるけど」
「いいなぁって思ったよ。父親と仲良しで」
私に顔を向け、少し笑顔になる。
優しいよりも、裏のある意地悪な顔になった。
雰囲気ががらりと変わる。
「僕は幸せな子が羨ましくなるんだ。そして好きになる。
それで名前があおいっていうんだから、余計好きになるよ。
…―どう、単純で嫌いになるでしょ?」
好きになった子皆嫌いになったよ。小さく私から視線をそらして言う。
ちょっと気の抜けた私は、笑うのを堪えながら河端さんのちょっと赤い耳を見た。
「ずるくない?さっきまでこんな話じゃなかったのに」
「だって、そろそろ君と別れるから。ちゃんと伝えないとなって」
一目惚れだったよ。付け足して、今度は身体を向ける。
「じゃあ、私が青空の色になったらもっと好きになるの?」
顔が赤くなっていく私の返事に目を見開いた河端さんは、しばらく考え込んだ。
私も変人だったなんて。
こんな人を余計好きになってしまった。
「そんなことしたらハンバーグみたいに切り取って食べられちゃうよ」
優しい声と一緒に、意地悪な笑顔が近付いた。
――フォークで刺されるのは嫌だけど、食べられるのは嫌じゃないな、と自分の狂いに自嘲して受け入れた。
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