「葉桜」と、職場で揶揄されている女がいた。
なぜ葉桜か、というと、その姿は美しい、名前も麗しい、しかし性格は男勝りで、女性はオフィスカジュアルな職場なのに、スーツだったりボーイッシュだったりで、スカートやハイヒールも絶対に履かない。化粧も控えめ。
それらが原因で、男性が魅力的な異性という視点で彼女を見ることがなく、周りの女性が結婚する中、40手前にもなるのに「売れ残って」いたーーそこで結婚して子供もいる女らが、「見た目や名前はいいが、実際には盛りを過ぎても男に気に入られない女」ということで、「葉桜」と彼女のことを陰で呼んで、クスクスと笑い者にしていた。大っぴらに言わないのは、彼女がとても仕事ができる人で、いいポストに就いているからであった。
だが彼女は、「葉桜でいい」と言う。その訳が気になって、居酒屋で話を聞いてみることにした。職場を出る時、女達のじとっとした目が気になったが、彼女は意にも介していなかった。
「なあ、どうしてそんなに気にせずにいられるんだ」
 居酒屋までの道中、街を歩いている間に、忘れないうちに私は聞いた。すると、彼女は鼻でいくらか笑った。
「気にするとか、しないとか、そういう問題じゃないんだよ。そもそも、どっちが『上』なのか、君は分かっているのかい?」
「上、って、どういう意味で」
 職場での様子を見るなら、男にモテて結婚したか、そうではないか、なのだろう。結婚した方が上で、していない方が下……いや、それは短絡的だ、と、赤信号の横断歩道で横並びに立ち止まったとき、覗き込まれた彼女の視線に言われた気がした。
「結婚した方が勝ち組で、そうでない方が負け組、ということじゃないんだよ。恋愛するかどうか、あるいは結婚するかどうかは、本人の自由。よってその勝負は引き分け」
 私ははっとした。そうだ、私は男だが、私だって私自身の意思で結婚していない。結婚する必要性を感じていないのだ。だが、それで嫌味を言われたことはほとんどない。
 そうだ、それは女性だって同じはずだ。そこは、男女の考え方の違いなのだろうか。よく分からないが。
「つまり、結婚したかどうかで優劣をつけているのは、彼女らが優秀だと思いたいからさ。結婚したら幸せになれる、結婚しない人は不幸せ者。根拠もないのに、そう勝手に決めつけて、誰かを見下して自分を高めたいだけ。実際どうよ、結婚してから不幸せになって、すぐ離婚する話もあるし、自分のように結婚しなくても幸せだと思っている人もいる。だからそこに優劣はない。違うかい?」
「……いや、違わないな。私の友人にもいたな、結婚して同居を始めてから、生活上の価値観が違いすぎて半年で離婚したのが。でも、なんで彼女らは、そんなことをそこまで気にするんだ?」
 そう、そこが分からないのだ。順位付けしたって、仕事に何か影響があるわけでもないし。他の職場は分からないが、この職場の男は人の結婚の噂に鈍感で、女はそれで順位付けたがる。いや、それだけじゃない、子供がいるか、それが何人かということでもさえ。
「それはね……あ、ここの四階にしない? 天ぷらが美味い店なんだけど」
「ええ、いいですよ」


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