俺―サムとローリーは、住宅街を歩いていた。しかし寒い、動いていないと身体がすっかり冷えてしまう。
「もう一枚持ってこればよかった……」
ローリーがくしゃみを一つ。
「しょうがないよ、この寒さは予想外だし」
あいにく、身につける服の数を増やす魔法を知らなかった。物の場所を覚えていれば、現在地に引っ張ってこれる魔法は持っているが、上着を自分の家のどこに置いているかを覚えていなかった。これは課題にしよう。
吐く息が若干白い。どこか暖かい場所はないか、それも探そうとしていると、後ろから足音。
「誰だ!」
瞬発力には長けているローリーが、その方向に拳銃を構えた。自分も念のため、身構える。
中肉中背の男。髪の毛は跳ねていて、黒い。
「いや、ちょっと待って。俺は悪者じゃないから。一般人だから」
「本当か?」
日本語を話しながら、両手を挙げる男に、ローリーは食ってかかる。ここでは敵と一般の人間が入り交じっている。その判別は大事になってくる。
「本当だって。拳銃下ろしていいよ、俺、絶対に攻撃しないから」
「……サム、あいつから何か感じないか」
俺には、相手が怪しいか、そうでないかを判別する能力がある。魔力は有しているようだが、不審なオーラは放っていない。
「問題はなさそうだけど」
「それなら。――すまなかったね。どんなやつがいるのか、よく分からないから。そだ、名前教えてよ」
「名前? 俺はジャックっていうんだ。部屋の片付けをしていて、何か気付いたらここにいたんだけど、誰もいないし寒いしで、困っていたんだ。そっちは何者? 普通の人じゃないよね」
気さくな話し方をする人だ。敵意は感じられない。
「俺はローリー。この国のことを調べるためにわざとここに来て、迷い込んだ人を元の世界に帰そうとしているんだ」
「俺はサム。ローリーの連れ、というところかな。他にも仲間はいるんだけど、はぐれてここにいたってわけ。そうだ、よかったら、協力してくれないか」
仲間は少しでも多い方がいい。利用できるものは、利用しておくものだ。
「おう、構わないぜ。それで、仲間とやらは、どこに」
「それが分からなくて、こっちも困ってるんだ」
ローリーが答えた。
「なるほど……ん?」
ジャックが、何かに気付いたように、顔を上の方にあげた。どうかしたのだろうか。
「何か、聞こえるような」
「え?」
耳を澄ましてみる。ぱちぱちと、何かが弾けるような。それに続いて、どーん、と地響き。「どこから?」
「こっちかな」
俺は音の聞こえた方向を捉えた。
「行こうぜ」
「おう」
ジャックの後ろに続いて、俺達も走り出す。

たどり着いたそこは、炎の海、そのものだった。消火しなければ。
「うわ、ひでえな」
ジャックが腕組みをして見上げた。炎はずいぶん高いところまで立ち上っている。
「どうする?」
振り返って言われても、近くに水は見当たらない。それに、俺もローリーも、水関係の魔法は使えない。
「水があればいいのだけれど」
「見当たらないね……」
ローリーも周りを見渡す。ないものはない。
「探してみる?」
いいけど、と俺が返したところで、後ろから声がした。
「水なら大量にあったよ。使えるかどうか分からないけど」
「リッキー!」
眼鏡野郎が立っていた。手に何か持っている。
「どこにいたんだ?」
興奮気味に尋ねた。ローリー、ちょっと落ち着こうか。すぐに気分が沸騰するのが、こいつの悪い癖。
「海辺に落っこちたみたいでね。ついでに地図らしきものを拾った」
「やるじゃねーか。見せてくれ」
確かに、海や森、住宅街が描かれていた。リッキー曰く、海はここから遠くない。
「でも、どうやってぶっかけるのさ。この大火事だよ」
俺達はその術を持たない。リッキーも、多分。
「問題はそれだね……」
何か手は打てまいか。必死に考えていると、突然、フッ、と大きな音がした。炎が立っていたところを見ると、火は完全に消えていた。煙が立ちこめる。森の焼けた木々が見えた。
「あれ、どうして?」
「何でだろう」
ローリーとリッキーが疑問符を浮かべる。ジャックは意味が分からないようで、落ち着かない様子で周りを見渡す。
「誰かいるんじゃないのか? そんな感じがする」
俺は、森の中から気配を感じていた。俺は魔力の気配には敏感な方だ。
ガサゴソと、森の中から音が聞こえた。こちらに来る。
「こっちに来る!」
ローリーがポケットに手を入れた。撃鉄を上げる音。しかし、次に森の方から聞こえた声は、耳慣れたものだった。
「落ち着けローリー、僕は敵じゃないって」
「……ん? って、お前……?」
血まみれのユーミンだった。どうやったらそんなケガをするんだか。


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