22

「幸せでいることや、幸せになることは、決して義務ではない。でも確かに、権利ではあるんだよ。その権利を、僕達は堂々と行使していい。僕達には、僕達の幸福がある。そうだろ、裕樹?」
「……うん」
「それじゃあ、こっちにおいで」
 彼女は黒いおもちゃをピアノの上に置いたまま、部屋を出た。一瞬気後れしたけど、すぐに僕も立って、彼女についていく。
 部屋の外に、彼女は待っていた。紙の街の部屋の電気は点いていた。
 僕が出ると、その扉を閉めて、扉横のキーボードに何やら打ち込むと、僕が入ったときと同じように、カチリ、と音がした。キーボードの蓋を閉めた。どいて、と言われたので、段ボールの群れから出ると、彼女は僕が乱した列を整え始めた。
 そこで僕は、一つ、思うところがあった。雰囲気的には野暮だろうけど、今を逃すと、二度と聞けないような気がしたので、思い切ってぶつけることにした。
「ねえ」
「ん?」
「……本当は、気付いてほしかったんじゃないの」
「え、何に?」
 押し込もうとしていた、その動作が止まった。珍しい、彼女がきょとんとしているなんて。でも、それにいちいち反応している場合ではない。いいものが見れたな、という気持ちは脇に置いて、思っていたことを言った。
「その部屋に、だよ。わざわざ段ボールで、目立つような隠し方をして、パスワードも、この間、目立たせるように言ってさ」
 見つかるのは想定外だ、って言っていた癖に、あっさりと僕に見抜かれたのだ。その辺、矛盾してるんじゃないか、って。
 すると、その手を再開させるどころか、こっちに勢いよく向かってきた。それから、一瞬で抱き込まれて。
「君の、そういうところ」
 耳元で囁かれたと思うと、唇を塞がれた。ああ、これはきっと、照れ隠し――え、待って、ここでディープキスをするの!?
「……ずるい」
「そのまま返すよ」
 僕は返す言葉を失ってしまった。あっけにとられている間に、彼女は段ボールを元通りにし終えていた。
「ああ、ここでやるのも、それはそれでいいかな」
 それから、何事もなかったかのように、独り言を言う。この人、やっぱり、ずるい。
「何を」
「すぐに分かるよ。君は立ったままでいて」
 彼女はその床に片足をひざまずいた。そして、ポケットから、何かを取り出した。
――まさか。
 その入れ物の形状に、見覚えがあった。流れからいっても、その中身は、きっと、一つ。
 右手にそれを載せて、左手でその箱を開いた。薄暗い中でも輝く、給料三ヶ月分の石。
「ウチのお婿さんに、なってくれますか?」


[ 56/60 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -