「これは、何線?」
「信越本線。僕が子供の頃は、今日の目的地まで、この電車で行けたんだけどね。今は新幹線が開業して、この電車の終点、横川でぶった切られて、目的地までは横川からバスで行かないと行けなくなったんだ。まあ、新幹線を使えば、大宮から乗り換えなしで行けるし、早いしで、僕の身体的にも楽かもしれないけど、在来線で北上する方が思い入れもあるし、何より楽しいからね。身体が丈夫なら、グリーン車に課金もしないけど」
 そう語る彼女は、彼女自らが語るとおり、心からうきうきしているようだった。きっとこの先には、これまで彼女の口からあまり語られてこなかった、彼女にとっていい思い出があるのだろう。
「そうなんだ……で、その目的地、ってどこなのさ。いい加減、教えてくれてもいいんじゃないの」
 僕はこの辺りの鉄道には疎い。路線図では見たことがあるけれど、来たことはないからだ。見てもあんまり関心がないから、覚えてはいない。信越線、というのは、かろうじて見たような気もするけど。
「そうだね……空気が澄んで、いいところだよ。一週間ぐらい、静養するにはちょうどいい。ほら、大学で一緒に取った、地理の授業で詳しくやったじゃないか」
「……って、言われても。大学卒業したの、もう五年以上も前だよ、授業のことなんていちいち覚えちゃいないし」
 自由選択科目の地理の授業を取って、たまたま彼女と一緒だったのは覚えている。でも、細かい内容までは、あいにくあまり頭に残っていなかった。今、必死にその内容を、海馬の検索窓に『大学の地理の授業で詳しく習った場所』と入れて検索ボタンを押してみたけど、一年間すべての内容は取り出せなかった。
「そうかい。じゃ、横川まで内緒な。そこで乗るバスを見ればすぐに分かる。バスの終点だから」
「えー」
「記憶力の悪い君のせいだよ」
 彼女は、縁のある土地のせいで、強く記憶に残ってるだろうけど、思い出せないものは思い出せないのだ。
 でも、悔しいから、大学の授業で、という部分以外で、彼女の発言から、もう一度検索をかけてみる。電車は北高崎駅を発車した。
『空気が澄んでいるところ』『静養にはちょうどいいところ』
 空気が澄んでいるなら、静養には確かにいい条件なのだと思う。ということは、森が多そうなところ? いや、そんなところ、日本全国にいくらでもある。
 だけど、一つの手がかりにはなる。群馬周辺で、そんな感じのところ……だめだ、そもそも群馬の地理が分からない。
 森が多いところでの静養……病院? いやでも、彼女は入院する気にはまだなっていない。それに、わざわざこんなところにまで来て、入院するのだろうか、東京で働く僕と離れて。
 病院じゃなかったら、そのための宿泊施設が多いとか。これはあるかも。でも、これもヒントにはならない。それでぴんとくる地名はない。
『ブー』
 ジーンズのポケットに入っていたスマートフォンが震えた。ロック画面に、よく行くファミレスの新メニューの広告が表示されていたが、東京に帰るまでは行かないだろうし、あまり関心は湧かなかった。なのでしまおうとすると、再びバイブレータが鳴った。
 今度はSNSの通知だった。僕の好きな歌手の情報だったので、これは開いてチェックした。見てからそのアプリを閉じて、ホーム画面に戻ると、地図アプリが目に入った。
――そうだ、これで調べればいいんだ。
 彼女はぼんやり外を見ている。僕はそのアプリを開いて、現在地を確認する。まもなく群馬八幡駅。
 信越本線、と書いているその線路を、右に辿ると、高崎駅があった。ということは、逆方向だ。左に辿ってみると、横川の駅を見つけた。でも、ここで線路は途切れている。近くに他の駅は見当たらない。
 二本指で広域の地図に切り替えると、北陸新幹線、と書かれた線路が見えた。そうだ彼女、『新幹線なら大宮から乗り換えなし』って言ってたっけ。ということは、新幹線が停まるはず。だから、その線路を左に辿っていくと――
――ああ、ここか。
 僕もテレビで見たことがある、有名な場所だった。病院とかホテルとかじゃなくて、別荘地。空気がよくて、静養に向いている。確かに、その条件に当てはまる。
「睦」
「おー、どうした」
「行くところ、分かっちゃったかもなんだけど」
 僕は地図の中央に、その駅が表示された状態の画面を彼女に見せた。すると彼女は、にい、と唇の角を上げた。
「大正解。そこだよ。そこにウチが親戚から受け継いだ、綺麗な別荘がある。来たことあるか?」
「いや、ない。でも、一度行ってみたいな、って思ってたところだよ」
「そうか、それは良かった。じゃ、楽しんでいってよ。休むのがメインだけど、おすすめの店とか、案内するよ」
『軽井沢』
 そこは、僕が憧れていた場所の一つ。地理の授業も思い出した、ここの歴史と、地形との関係を勉強したんだった。
 しかし、別荘なんか持ってたんだ。ということは、親はお金持ちだったのかな。どんな家なんだろうか――

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