5
僕は一旦、睦と暮らす家に戻った。彼女に連絡すると、時間には余裕がある、と承諾してくれたからだ。
そこで、実家から引き揚げてきた荷物を出して、再び中身を最低限の荷物にして、そこに田舎で半ば押しつけられた、海産物の干物を入れて。片付けは帰ってきてからでいいだろう。
三十分も経たずに家を出て、池袋行きの西武線に乗り、池袋で大宮行きの埼京線、赤羽で一旦降りて、高崎行きの電車に乗り換えた。自分の乗っている号車を連絡すると、大宮からマスクをした彼女が乗り込んできた。
「待たせてごめん」
「いいよ、別に。一応、目的地までの本数はあるからさ」
「そうなんだ。ところで、どこまで行くのさ」
僕は彼女の行き先を聞かされていなかった。僕から問いかけはしたが、「当日までのお楽しみだ」とはぐらかされてしまっていたからだ。
「とりあえず、この電車の終点まで。そこからまた、電車で三十分、さらにバスで三十分、かな」
高崎まで一時間半かかるというが、時期は夏休み、車内は混雑していた。彼女のためにも、できるだけ座りたいので、グリーン車の車両に移動すると、偶然隣同士で空いている席を見つけた。彼女に勧められて、僕は窓側の席に座った。
「君は運がいいよ。この時期、満席も珍しくないし、席が空いていても、バラバラになることを覚悟してたんだけど」
「乗ったことあるの」
「そりゃもう、何度も、長い休みの度にね」
彼女の荷物は、リュックサックと、大きなトランクが一つ。僕と同じだ。トランクはあまり重たそうにはしていないけど、僕と同じように、必要最低限のものしか入っていないのだろうか。彼女、家にも紙工作以外には、飾り物とかもあまり置いていないし。
「じゃあ、僕は寝るよ。前の駅を出たら起こしてね」
「うん」
彼女がアイマスクをしてしまった後、乗っている電車が高崎に着く時刻を調べてから、僕も音楽プレーヤーでアラームをかけて寝ることにした。持っていた本は、うっかりトランクの中で、出すのが面倒だった、というのもあるけれど、何より僕も、あれこれ言われたり、考えたりして、精神的に疲れていた。
高崎の一つ前の駅で、予定通りイヤホンから目覚ましが聞こえた。両肩を上げて、下ろして。それから、隣の肩を叩いた。右手で、黒いアイマスクを上にずらした。
「倉賀野か?」
「うん、もうすぐ出るところ。あ、トイレ大丈夫?」
「まだ大丈夫」
「ならいい。次の電車は対面乗り換えなんだ、すぐに出てしまうから」
そう言われたので、僕は音楽プレーヤーを急いでしまった。
「慌てなくていいよ、まだ五分ぐらいかかるし」
のんびりと、アイマスクを外して、黒いリュックサックから出したケースに入れる。少し中身が見えたが、こっちにはそれほど荷物は入っていないらしい。それから、窓の外を見て。
ふと、その姿が、儚く映ってしまった。余命が短いかもしれない命が、流れる他の路線のレールを眺めて。このまま、この列車ごと、彼女がどこかに行ってしまうかもしれないのではないか、という錯覚に襲われる。
『まもなく、終点、高崎、高崎です』
そのアナウンスで、我に返る。大丈夫、この列車は、ここより先には行きやしない。
「降りるか」
「向かいの電車だね」
「そう。すぐ出るって言ったけど、あんまり慌てなくていいから」
トランクを持って、降りる人の列に並ぶ。彼女は僕の後ろに。ホームの向こう側に、見慣れない車両が見えた。
電車が止まり、ドアが開いて、自分の番で確実にトランクを下ろす。彼女も軽々とホームに着地したのを確認して、向かいの電車に乗り込んだ。座席はほぼ埋まっていて、立っている人もいたけど、ロングシートで詰めてくれた人がいたので、二人で腰を下ろすことができた。まもなく、電車が動き出す。
[ 34/60 ]
[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]