企画提出 | ナノ

抱き締めたいのに


 彼女の後ろ姿ほど、かっこいいものはないと思う。

夕陽を見つめる真直ぐな視線。ぴんと張った背筋。大地をしっかりと踏みしめた足。スッと伸びた長い影。雰囲気も凛としていて、それがまた夕陽に好く馴染んでいる。

まるで、荒野を走るライダーを一面に映した映画のようだ。観客の視線を一身に浴びながらも、それから逃れるようにただ走っていく。一人で、誰にも頼らずに。

そんなライダーにトラブルはつきもので、彼女にも例外なく人間関係でトラブルが起こる。大体が相手の癇癪から火がついて、周りが慰めるというパターン。もちろん本人だけでなく、周りからも非難の声が上がる。

けれど彼女は、いつも平然とそれを受け入れる。その態度が相手を更に煽っていると、彼女は気づいているのだろうか。そして今日も彼女は誰かを泣かせ、その度にこの屋上に来ては、真直ぐ夕陽を見つめる。


「また泣かせたの?」

「向こうが一方的に泣いただけ」


こちらを振り向かずに、さらりと返答する。あまりにも自然に吐かれた詞は、そのまま風に紛れて直ぐにどこかへ行ってしまった。そのあっけなさも実に彼女らしい。


「一人だと、色々大変じゃない?」

「別に。むしろ"みんな"といる方が大変。あんな集団に埋もれるくらいなら、一人の方が気楽」

「そういうところ、女子は大変だね」

「女子に限った話じゃないと思うけど」


そうだね、と呟いてボクは彼女の傍に立った。少しピリピリと張りつめた空気。彼女は同じ班のボクにさえ、薄い壁を置く。けれど雄大な夕陽は、それさえも飲み込んでしまう。町も人も総て、夕陽に染まって優しい赤になる。なんだか不思議な気分。

だけど、夕陽に立ち向かえば優しいなんてものじゃない。容赦なく照りつける熱。眩しいひかり。身体が燃えるように熱い。それなのに雄大な夕陽に飲み込まれ、総てを受容してしまう。何も考えなくていい。ただ受け入れろ──もしかしたら、いつも隙のない彼女は、この瞬間だけ隙だらけになるのかもしれない。何も考えずに、ただ眺めているのかも。

だから、もしかしたら、今だったら……。そんな淡い期待を抱いて、ボクはそっと左手で彼女の右手に触れた。そのままの勢いで手を握ると、左手をいように熱く感じた。それは彼女の熱そのものだったのかもしれないし、ボクの熱かもしれなかった。それとも夕陽のせいだろうか。

とにかく左手が、ボクの身体ではないようにぎこちなかった。そんな下手くそな握手を彼女は拒否したりせず、ただ受け入れてくれた。欲を云えば、もっと大胆なことをしたかったのだけれども、未だ子どものボクには手を握るだけで精一杯だった。


「あついね」

「う、うん」


突然の詞に、ボクは慌てて手を離そうとしたのだが、今度は彼女の方から強く握り返してきて、二人の手は繋がったままになった。

夕陽は何もかも変えてしまう──強ち嘘じゃないな、と思った。短いからこそ愛蔵してしまう思い出。それは彼女と初めて手を繋いだ日だった。





END.



(おまけ/数年後)