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「んじゃ、望み通り話してやるけどな」

 ようやく考えがまとまったのか、再びコナンが口を開いた。

「長いからって途中で寝るなよ」

 まさか、と答えて続きを待った。
 目の前の彼はすっかり探偵の顔になって、真剣な面持ちで話し始める。
 つられてこちらも背筋が伸びる。

「犯人がおっちゃんにかけてきた電話で口走ったある言葉から二十日の爆破事件の容疑者を五人に絞ったんだが、その言葉っていうのはちょっと前に米花スポーツランドで行われたサッカー教室の時に…」
「あ、その説明もいらない」

 真面目に聞くつもりはあったものの、澱みなく話すコナンをさっそく止めてしまった。
 まさかと答えた以上、話の長さに文句をつけるつもりはないが。
 こんな調子で全てを細かく話されたら、数時間はかかってしまいそうだ。

「お前なぁ…」

 全部話せっつったのオメーじゃねぇか、とうんざりしたように言われる。

「それはそうなんだけどさ」

 別に長時間ひたすら事件の話を聞かされるのが苦痛だから止めた訳ではなく、ただ、出来るだけ早くコナンを休ませてやりたいのだ。
 けれど、事件の最低限のあらましくらいは聞いておかないと、俺がいつまでも眠れない。

「やっぱり今日のことからでいいや」

 前言撤回した俺にコナンは呆れ顔だが、

「…ったく」

 どうしても全てを話したいと思っていた訳でもないだろうし、あっさり数日分の出来事を飛ばして、話を切り換えてくれた。

「元々、今日何かが起きることは分かってたんだ。十日程前に予告状じみたものが届いてたからな。ただ、場所に関しては犯人の読み手を惑わそうっていう意図もあって、当日まで特定できなかった。
 犯人からの接触を待つため、目暮警部を含めた警察関係者が朝から事務所に詰めていた」
「当然コナンもいたんだよな?Jリーグ会館云々は嘘で」
「…灰原たちは行ってたんだよ」

 確認するように突っ込めば、少しだけ気まずそうに弁解する。

 何の言い訳にもなってない、と言いたかったが、今の目的は些細な嘘を咎めることではないと思い出して止めた。
 代わりに話の続きを促す。

「十五時半頃、直接事務所に届けられはしなかったが、犯人からの警告文を発見、そこには主に、J1リーグの十のスタジアムに爆弾を仕掛けたこと、試合が終了した時刻に爆発すること、爆発を止める方法がひとつだけあることが書かれていた。
爆発を止める方法については暗号で示されてはいたが、解読すると、ホーム側のゴールを攻めるチームのストライカーが、クロスバーの真ん中にシュートを打つこと、だった。そしてその条件を知らせていいのは、各チームの監督とストライカーだけだってな。
クロスバーにはセンサーが取り付けられていて、ボールが当たったのを確認すると電光掲示板が二回点滅し、爆弾が解除される仕掛けになっていた」
「なるほどね」

 東都スタジアムでコナンと子供たちが交わしていた会話の内容も合わせて思い返せば、だんだん話の展開が読めてきた。
 そもそもどうしてクロスバーなのかということも、犯人の動機を聞けばそのうち分かるだろう。

「ストライカーたちは次々とボールをクロスバーに当て、試合終了十分前には九つのスタジアムの爆弾が解除されていた。国立競技場を除いてな。国立は後半が始まってすぐ、真田選手がクロスバーに当てていたが、センサーは反応しなかった。試合終了直前にも当てたんだが、やはり電光掲示板のサインは確認できなかった」
「え、でも国立は爆発してないよな?」

 そんなニュースは聞いていないと、ほんの少し不安に駆られつつ確認した。

「ああ」

 幸いコナンは肯定してくれる。

「俺はおっちゃんと目暮警部たちと、事件の容疑者の一人の家にいたんだが、そこで犯人の正体に気付いた時、国立に爆弾は仕掛けられていないと判断したんだ。そして犯人はおっちゃんを東都スタジアムに呼び出して、そこに仕掛けた十七時五十分に爆発する爆弾で、一緒に死ぬつもりだってこともな」

 十七時五十分は犯人の中岡が国立で日本一になった試合の終了した時刻なんだ、と付け加える。

「で、やばいと思って東都スタジアムに向かって走ってたら、博士の車に拾われたんだ」

 淡々と続く説明の中、ひとつ引っ掛かることがあった。

「…やばいって、」

 遮るように思わず口を挟んだ。

「何が?」

 コナンは、どうしてそんな当たり前のことを聞く?というような顔で俺を見返す。そして答えた。

「中岡さんが死んじまうだろ?」

 いや、分かってる。俺だってちゃんと分かっているし、そうするべきだと思う、けれど。

 その時コナンがどの辺りにいたのかは知らないが、たぶん子供の足で簡単に走っていけるほど東都スタジアムの近くにいた訳ではないのだろう。解除のサインが確認できてない国立競技場が無事であることもはっきりしているから、時刻は十七時十五分を回っている。東都スタジアムが爆発するまで、残り三十分もなかったはずだ。


『彼が犯人と心中しに行ったわ』


 哀ちゃんの声が甦って、やっとその言葉の意味を正しく理解した。



「お前さぁ、憎んでる人とか…どうしても許せない人とか、そういうのいないの?」

 一応、相手は二週間程前に大惨事を起こしかけ、今日はコナンやその友人たちを殺しかけた男なのだけれど。

 間違いなくいないんだろう、と思いながらも聞いてみる。
 コナンは、曖昧に微笑って答えなかった。

 その後、事件の話を続けていいかと問うのに、少し上の空で頷いた。

「車には、博士から軽く事情を聞いたらしい元太たちと、追跡メガネを持った灰原も乗っていた。もちろん誰も巻き込むつもりはなかったし、中へも一人で入ったんだが、あいつら勝手に入ってきやがって…
 ま、結果的にはそのおかげで助かったんだけどな。あいつらが回してくれたサッカーボールのおかげで」

 最近、気付いたことがある。
 彼にとっての命とは、普通の人の認識より遥かに重い。そして等しく同じ重さなのだ。
 幼なじみ、友人、家族、たまたま擦れ違った見知らぬ人。
 死にたがっている人も誰かを殺した人も、誰かを殺そうとしている人も。
 自分を殺そうとした人さえも。

 唯一僅かに軽いのは、彼自身の命だった。
 守る誰かがいない時だけ、彼は同じ必死さで自分のことを守る。
 
「東都スタジアムにはやはり大量の爆弾が仕掛けられていて、しかも一分毎に爆発が繰り返され、最後に起きる爆発は国立競技場の爆弾と連動していると言われた。国立にいる蘭とは連絡がとれなかったし、どうにかして爆弾を解除するしかねぇ。解除する唯一の方法は他の九つのスタジアムと同じ、クロスバーの真ん中にボールを当てることだった。もちろん手持ちのボールで止めようとしたんだが、度重なる爆破で上から色んな物が降ってくるせいで上手くいかなかった。そこで現れたのが元太たちだ。逃げろっつったんだけど聞きゃしねぇ。で、ボールがないから爆弾が止められねぇって言ったら、元太がたまたまヒデのサインボール持っててな、ちょうどよく散ってたあいつらが、パスして俺に回してくれた。結果、無事爆弾は止まったって訳だ」



2012.5.12


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