とあるの一日

これはとあるうさぎの1日。
桃源郷にあるうさぎ漢方極楽満月。
そこで働く1匹のうさぎ、咲月の朝は早い。

AM5:30 起床
まだ夜も明けきらない薄暗い時間に咲月は目を覚ます。
寝台であるクッションから起き上がり大きく伸びをして、寝ている間に丸まっていた背骨をしっかり伸ばす。
実はこれが結構大事。朝の伸びは血行を良くしてむくみ、腰痛、肩こりなどを防止してくれる。

それから、寝ている2人を起こさないようそうっと外へ出て、そこで初めて咲月はぽんっと音を立ててうさぎから人間の姿に変わるのである。

なぜ寝ている間うさぎの姿になっているのかというと、問題は寝る場所にある。
始め、咲月は多くの先輩うさぎ達がそうしているように家の外で寝ようとしていたのだが、危ないから、という理由でそれだけは許してくれなかった白澤に、それではということでリビングをお借りして寝ることにしたのである。
みんなで使うリビングにまさかベッドを持ち込むわけにもいかず、折衷案ということで結局隅っこに置かせてもらったクッションの上でうさぎとして寝ることになった。
そもそも咲月は狛うさぎとして300年近くの間もずっと外で寝る生活をしてきたのだから何を今更という感覚であるが、この店の主人でもある師匠がだめというのだから仕方がない。

その後軽くストレッチを済ませてから家の中に戻る。着替え、洗顔、歯磨きを済ませて長い髪をきゅっと縛る。今日はポニーテールだ。

AM6:00 仙桃収穫
仕事が意外と適当な師匠は、収穫の時間はいつでもいいと言うのだが、咲月としてはそうもいかない。
桃はデリケートな果物なので、朝の涼しいうちに採ってしまってさっさと日陰に持って行くに越したことはない。
そのほうが鮮度が落ちないのだ。
どのみち仙桃の収穫は基本的にこちらに任せてくれているので朝済ませてしまうのが咲月的にも楽なのである。

AM6:30 洗濯、お風呂掃除
この家には洗濯機というものがないので手洗いである。
白澤も桃太郎もそんなに服を持っている方ではないので毎日の洗濯が欠かせない。
咲月がここへ来る前は何日か同じ服をきていることもあったようだが、自分がここへ来たからにはそんなことはさせられない。
妙な使命感が咲月にはあるのだ。
それから先輩うさぎ達の三角巾ももちろん洗う。
ここ桃源郷ではいつも穏やかな天気なので外干ししても雨に降られるという心配はまずない。
しっかり離して干しておけば半日もすれば乾いてしまうのだから便利な気候だと思う。

お風呂掃除は簡単に。
この家は天然温泉に囲いをしただけのものをお風呂としているので、お風呂の周りをゴシゴシこすって、汚れと髪の毛を回収するだけの簡単なお仕事だ。

AM7:00 朝食準備
そろそろ桃太郎が起き出す時間。
日によっては朝ご飯を作ってくれる事もあるが、大抵は咲月が作る日が多い。
メニューは中国神である師匠が好む、豆漿と油條。
どろっとした豆乳とお揚げみたいなものだ。
2対1で日本人が多いので、たまには味噌汁と卵焼きという朝食に付き合ってくれることもある。

3人の中で1番よく食べるのが実は咲月なので、自分の分を大盛りに。
白澤については意外なほど少食なので少なめに。
本人曰く『食べるよりも女の子が食べてるところを見る方が好き!あ、でも女の子を食べるのは大好きだよ。』なのだそうだ。

AM7:30 (早ければ)朝食
二日酔いでなければ白澤が起き出す時間。
白澤は食事こそ不摂生だが、基本的には健康的な生活を送るのを好む。
二日酔いさえなければ寝坊することもまずないのだ。二日酔いさえなければ。
食事の片付けは主に桃太郎と咲月でやることが多い。お皿洗いの連携はばっちりだ。

この家は、意外にも家事を嫌う人間が1人もいないのでとても清潔な状態に保たれている。
白澤は女の子を招くために掃除が趣味みたいになっているところがあるし、他の2人も無闇に散らかしたりはしない。

AM8:30 極楽満月 開店
ここからはやっと薬剤師見習いの仕事である。
入ったばかりの咲月の仕事はといえば、雑草を食べること。
さっき朝食を食べたばかりだが、全く問題ない。
そう、咲月はこう見えて結構大食らいなのだ。
入ったばかりの新人うさぎは、こうして薬草畑の隙間に生えてきた雑草を嗅ぎ分けて食べながら、薬草について覚えていく。
咲月も例に溢れず時には先輩に聞きながら薬草の種類と、見た目と、匂いを覚えていくのである。

本日のノルマ分の雑草を食べ終えると、今度は中の仕事を手伝える。
本来はベテランになるまで中の仕事は手伝えないのだが、人間の手が使える咲月は特別である。
指定された薬草を持って、すり潰す。ただひたすらすり潰す。すり潰したものを煮るというところまではまだやらせてもらえないので、ひたすらすり潰す。
桃太郎や先輩うさぎの技は見て学ぶものである。
じっっと先輩方の技を見ながら薬草をすり潰す。
桃太郎にはたまに『やり辛いからやめてくれ』と言われてしまうが咲月はあんまり気にしていない。

AM11:30 昼食準備、昼食
ここでの食事は中国の『食医学』に基づく健康的なものがほとんどである。
中医の薬剤師を目指すためには食事について学ぶことは欠かせない。
という訳で、昼食準備は大抵が白澤のお料理教室になる。

咲月は必ず毎日ノートを持参して参加する。
白澤には『大袈裟だよ。』と笑われてしまうが、咲月にとっては大事なことなのである。
今日のメニューは『湯葉粥』
もちろんこれも天国の雲だの、仙豆だのが入っていて普通の料理とは違う。
咲月はレシピを欠かさず書き留める。
その後、お昼休憩の余り時間で桃太郎と共に急いで洗濯物を取り込む。毎日同じ気候なので、時間ぴったりに乾くのが便利なところだ。

PM1:00 午後の営業再開
配達、接客、調剤、薬の勉強。
最近では完全にどんぶり勘定になっていることが発覚したので店の帳簿も付けるようになった。
お金のことはゆるゆるすぎる店の主のために桃太郎と確認しながらしっかり帳簿をつける。
それから、ナンパをして中々仕事に戻ろうとしない上司には冷ややかな視線を送り続けることも忘れない。

PM4:00 チャイニーズエンジェル鑑賞(水曜日限定)
桃太郎には『全く表情変わってないけど面白いの?』と聞かれてしまったこともあるが、答えはもちろん、面白い、大好き、だ。
咲月が好きなのはもちろんのこと正義の味方、エンジェル朱色である。
可愛くて、強くて、優しい。なんて素敵なんだろう、と羨望の眼差しで見てしまう。
一度憧れすぎて髪型を真似してみたが白澤がなんとも言えない顔で『お願い、やめてもらってもいいかな。』と頼んできたのでやめた。
結構気に入っていたのに。

PM5:00 (お客さんがいなければ)勉強会
白澤による薬草勉強会。
毎日違う薬草について教えてくれるので、一言も漏らさないようにメモをとる。
頭に入っている情報をぺらぺら教えてくれるだけなので、結構メモするのが大変だったりもするが、そこは気合でがんばる。

PM7:00 極楽満月 閉店
お店の掃除を一通り終わらせてやっとお仕事終了。
我らが師匠は終わるや否や花街へすっ飛んで行ってしまうことも珍しくはないので、取り扱い注意の薬草のチェックなんかは桃太郎と2人でやることも多い。
お店の外から通っている先輩うさぎ達はここで退勤。
お疲れ様ですと挨拶をすることも後輩として忘れない。

PM8:00 夕食
白澤は外で済ませてしまうことも多いので、基本的には桃太郎と2人で夕食。
お昼のお料理教室の復習などをしながらご飯を作る。
2人での夕食になるときは、日本食を作ることもある。実は一度師匠に秘密ですき焼きパーティーをしたこともある。
だけど、それはなけなしのお給料を持ち寄った切ないパーティーだったので文句を言われる筋合いはないはず。

PM9:00 入浴
完全天然温泉の湯に浸かってゆったり気分。
小さな傷なら治ってしまうので、ここへ来てからは手荒れ知らずだ。
逆むけも深爪も赤切れももう怖くない。
ちっさ、とお思いかもしれないが、毎日手洗い洗濯をする身としては手荒れは大敵なのである。

PM10:00 お勉強タイム
今日一日勉強したことをノートにまとめる。
速記で書いた自分の字を解読して綺麗にノートにまとめる。
お料理ノートはここへ来てから2冊目、薬草ノートはここへ来てから4冊目になる。
知は徳なり、である。
知っているということは、生きていく上で重要なことだ。
特に咲月のような弱い生き物にとって、知識は大事な武器になる。
いつか一人前の薬剤師になるためにも今は兎に角勉強が必要なのである。

PM11:00 (仮)就寝
やっとこれで1日が終わり、リビングのクッションの上で丸くなり、眠りにつけるところだが、あくまで(仮)なのである。
この(仮)がどういう意味なのかはもう直ぐ分かる。
師匠さまが外へ飲みに行ってしまった日は要注意だ。
目を閉じて体を休めながら耳にだけは神経を集中しておく。




帰ってきた。足音は、ひとつ、ふたつ。
声は、白澤と、…女の人の声だ。
これは今日も『あっち』へ行かなければならない。
よっこらせっと咲月は立ち上がってクッションを手に移動した。
桃太郎の寝ている倉庫へ。
そうっと倉庫に入って耳をそばだてると、玄関のドアが開く音がした。

「いらっしゃ〜い。リビングはこっちだよ。」
「まあ、綺麗にしてるのね。お邪魔します。」

そんな声を聞きながら息を殺す。
がちゃん、と音がして2人がリビングへ入ったことを確認すると、咲月はクッションを持ってお店へと出て行く。
今日もここで寝るしかないのだ。
あのスケコマシ師匠と女の人のいちゃいちゃ攻撃にあいたくなければ、ここで大人しく朝まで過ごすしかない。
咲月はカウンターの下の見つかりにくいところにクッションを設置してやっと眠りについた。
これで、やっと本当の就寝。現在ちょうど深夜0:00である。



こんな訳で咲月の一日は中々にハードである。
ぽかんとした表情をしていることが多いが、咲月は実は結構苦労人なのだ。
毎日これに合わせて自由すぎる師匠の職務放棄、セクハラ攻撃、地獄の公務員との無益な喧嘩など日々起こるハプニングにも対応しなければいけないとなると、咲月の苦労は限界値を超える。

そろそろ、お給料あげてほしいなあと思いつつ見る間に消えていく交際費にそれも無理かと思い諦めるしかない咲月なのである。



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