坊主憎けりゃまで憎い

*名前は出ませんがオリキャラが登場します。
苦手な方はご注意ください。
大丈夫という方のみスクロールお願いします。↓










































咲月が極楽満月へ来てから随分と時が経った。
それはつまり咲月がこの店の主人である白澤と出会ってから随分と時が経ったということである。

何の当てもなく突然押しかけた自分を温かく迎え入れ、薬の知識を惜しみなく与えてくれる白澤に対して咲月はそれは測ることのできないほど恩義を感じているし、できることならいつか何らかの形でその恩に報いたいと思っている。

しかし、と咲月は思う。
その白澤に対しどうしても我慢できないことがあるとするならば、あってもいいとするならば、咲月は迷いなくこの1点をあげるだろう。

白澤は女癖が悪い。

それはもう、女癖という言葉で片付けてしまっていいのか迷うレベルの女癖の悪さなのである。
咲月がこの店に来てから恋人と名乗り、あるいは白澤がそう呼びここへ訪れた女性は二桁に及ぶ。

こんなところで住み込みで働いてしまっている身なので、咲月もそれなりの迷惑は被ってきた。
例えば白澤の女癖そのものの被害にあったり、例えば白澤が連れ込んだ女の人にあらぬ疑いをかけられたり、例えば誤解した女の人にちょっとした嫌がらせを受けてしまったり。
そんな程度のことならばとっくに慣れっこになってしまった。

ちなみに主に後ろ2つの被害を防ぐために咲月は、白澤に関係深い女の人が遊びに来た時にはできる限りうさぎの姿で過ごすよう努力している。
そのせいで、白澤の彼女らしき人にもふもふされることとなり、寝惚けた白澤と彼女がいちゃいちゃし始めるところまで目撃してしまうという事態に陥ったこともあるわけだが。

とにかく、咲月は普段から白澤の女癖の悪さのせいで苦労しているのである。

ただ、その中でも今日は格別に苦労を要する厄日だったのだ。








この日も咲月の朝は早かった。
いつも通り早朝から仙桃を収穫して、家に戻って洗濯を終わらせて、さあ朝食をつくるぞという時だった。

「あんた、誰?」

朝食を作るタイミングでこの台詞とはちょっとデジャビュを感じるものがある。
なんて、咲月は感心している場合ではなかった。
何故なら完全に虚を突かれたからである。
昨日は、確か飲みに行った白澤に警戒して遅くまでリビングで待っていたが、一向に帰ってこなかった。
朝起きて、白澤が随分遅くに帰ってきただろうことと咲月が気付かずに寝ていたことから白澤はてっきり1人で帰ってきたものだと思っていた。
どうせ花街に行っていたのだろうから、朝方に名残惜しく帰ってきたのだろうと。
しかし、だ。今ここにぶかっとした白澤の上着を着た女の人がいるという事は、あのお師匠さま、こっそり忍び連れ込んだんだなあ。と咲月は思った。
自分の寝ている目と鼻の先の部屋でいちゃいちゃいちゃいちゃされていたかと思うと、さすがの咲月もちょっとぞっとする。

「ちょっと、何無視してるの。あんた誰なの?何でここにいるの?」

綺麗な鬼のお姉さん。
何度か見たことのある顔だった。それでもここ最近はめっきり来なくなったと思っていた。
もちろんこちらがうさぎの姿の時なので、向こうは知るはずもないけれど。
烏の濡れ羽、というのだろうか。綺麗な黒髪に赤い唇。寝起きなことから化粧の類ではなく血色がいいのだろう、と思う。
咲月にはない蠱惑的な魅力を持つ女鬼だった。
その彼女が掴みかかる勢いで迫ったので咲月は咄嗟に煮立たせていた鍋のガスを切った。
その冷静さがかえって癇に障ったのだろうか。

ぱしんっ

渇いた音が響いた。
次の瞬間には咲月は床に伏せっていた。
殴られたの、だろうか。
口の中に鉄の味が広がって、女の人とはいえさすが鬼だなあ、と咲月は思った。

「あんた、白澤の何?昨日遊びはもう控えるとか言って渋ってた癖に信じられない。」

はくたく、同じ名前なのにこの赤い唇から漏れる言葉があの人を指してるようには思えなかった。
ああ、また誤解されている、とは思うもののなんだか頭の中がひどく他人事だった。
床に伏せった咲月にそれでも満足がいかなかったのか、その女鬼は抑えきれないように胸ぐらにつかみ掛かった。

「何よその顔…答えなさいよ!あんた白澤のなに!?」

「あ、と、私は違うんです。ただの居候で…」

誤解をとかなくては。
言ったところで女鬼の目付きが変わる。
愛を含んだ必死の歪みから、嘲るような単なる憎しみへ。
それは白澤への愛憎が、咲月への憎しみへ変わった瞬間だったのだと、咲月は思った。

「居候って。そうまでして白澤に近付きたいの?」

ああ、最悪だ。
このお姉さんの誤解を解くどころか助長してしまった。
お姉さんの中で私の存在はさしずめ浮気相手から付きまとっているストーカーへと認識が変わったに違いない。
咲月は途方に暮れたが、女鬼はその様子にまた苛立ったように舌打ちをして咲月を突き飛ばした。

「白澤が優しいからって、いつまでも調子に乗らないでよ。…いつまでも、あの人の優しさに付け込んで!!」

しかし言い切った彼女の表情を見て咲月は目を見開いた。
美しい顔を歪ませて、まるで地獄で見た般若のように、なんて恐ろしくて、冷たくて、そして、なんて、苦しそうなことか。
あるいはその言葉は咲月に対しての言葉ではなかったのか。
彼女は自分で発した言葉に耐えきれなかったかのようにやがて両手で顔を覆って泣き出してしまった。まるで途方にくれた迷子のように。

咲月は咄嗟に手を伸ばした。
涙を拭いて、抱きしめてさえしまいたい衝動に駆られた。
泣かないで、そう言いかけた時だった。

「なに、してるの?」

唖然としたような声が耳に届いた。
その瞬間、咲月は急に現実に戻されたかのような感覚に陥って伸ばしていた手を引っ込めた。
そうだ、こんな事に巻き込まれたのはこの人の女癖のせいなんだ。
早く誤解をといて、助けて。このちんちくりんな女はただの居候の従業員だって。咲月はそう思ったが、白澤は咲月の願いとは裏腹な行動をとった。

「大丈夫!?」

白澤は駆け寄った。

泣いている女鬼のお姉さんに。

ああ、そっち、なんだ。そりゃあ当たり前か。咲月は納得しながらもこのあまりに理不尽な状況に少し腹が立った。
白澤がそんな態度をとったら、お姉さんの誤解を肯定してるみたいじゃないか。
まるで咲月が白澤に付きまとっていて、白澤はそれに迷惑しているみたいな。
そんな誤解は理不尽だ。
自分は悪いことなんか何もしてないのに。
そんな思いが咲月の頭をよぎる。

「出てって。」

白澤の少し冷たい声が聞こえた。
咲月は理由もなく恥ずかしいような気持ちになる。
そんなこと、言われなくたって逃げます。そう言いたくなった。

だけど、まさに脱兎の如く逃げてしまおうと思ったその時、彼女を抱く白澤の顔が咲月の方を見つめたまま痛ましい表情になって、唇が言葉を形取った。

よく鈍いと言われるが、その表情一つで白澤の意図に気付いた咲月はずるい人だなあ、と思った。




(珍しく続く。)
.

[ 13/21 ]

[*prev] [next#]
[mokuji][top]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -