も過ぎれば毒となる

*少しグロテスクな表現を含みます。嫌な予感のした方はブラウザバックでお願いします。
大丈夫という方のみスクロールしてください。















































ずいぶんと不快なところだと、咲月は思った。
冷たい、湿った土の上に横たわらされている。
はて、自分は一体いつからこんなところにいたんだったか。
少し考えてみたけれどわからなかった。
もう随分前からずっとこうしていたような気もするし、ついさっきここに来たような気もする。
ひどく薄暗いところ。じめじめしていて、寒い。
こんなところに独りぼっちで閉じ込められるなんて。

閉じ込められる?
咲月は気が付いた。
そうだ、別に自分は閉じ込められているわけじゃない。
早くこんなところ抜け出してしまえばいいんだ。
独りぼっちは寂しい。
早く抜け出して、どこか違うところへ。
ここじゃない。もっと暖かい、どこか…

『いつか、……へおいで。』

そうだ。行かなきゃ。
そう思って体を動かそうとするが、咲月の意思に反して体は指先ひとつさえ動かなかった。
その原因を探るべく自分の体を見下ろした咲月は絶句する。

うねうねとうごめく黒いツタのようなもの。
それが身体中に絡みついていた。


『いやあああ!』





「ーーーーちゃん!咲月ちゃん!」

「あ、」

ぱち、と目を開けた咲月は数秒固まってから、目の前にいた白澤に抱きついた。

「大分魘されてたみたいだね。大丈夫。もう怖くないよ。」

目からは何に対してかもわからない涙がぽろぽろと流れる。
夢だ。冷たくて、恐ろしい夢。
たかが、夢。
だけどあの体に絡みつく感覚は妙にリアルだった。
思い出した咲月はぶるりと体を震えさせる。

「乖乖、宝貝。大丈夫だよ。」

宝貝、宝貝、と囁きながら白澤はあやすように背中をぽんぽん叩いてくれる。
白澤の手は暖かく、まるで体の中に流れる悪いものの全てを浄化してくれるかのようだった。
少しの間そうしていたが、上がっていた息が整ってきた頃、やっと自分のした事を理解した咲月はぱっと勢いよく離れた。
そして気付く。

「い、っったあ!」

頭が、割れるように痛い。
どくどくと脈打つように衝撃的なほどの頭痛がする。
よく今まで気が付かなかったものだ。

あれ、ざんねん、と呟いてから手を離した白澤はベッドサイドに置いてあった湯呑みを咲月に手渡した。

片手をこめかみに添えたまま何とか体を起こして湯呑みを受け取ると、いつもは自分が作っている例の薬の匂いがした。
まさか自分がこれのお世話になる時がくるなんて、と咲月はうな垂れた。

「黄連湯、二日酔いにはこれが1番効く。」

にこっと笑って言う師匠を咲月は恨みがましいような目で見た。
苦い液体を何とか喉の奥に流し込みながら、ふとこの状況に強烈な違和感を感じた。

「ところで、白澤様。」

ん?と聞き返す彼の顔が異様に近い。

「この状況はなんなのでしょうか。」

咲月は何故か白澤のベッドに、白澤と一緒に入っていたのだ。

「ああ、咲月ちゃん急性アルコール中毒になっていたからね。体を温めることが何より大事だったから、僕が暖めてたんだよ。」

咲月の腰に腕を絡みつかせながら告げた白澤に唖然とする。

そのせいか!!あの悪夢はっ!

あの絡みつく感覚が妙にリアルだと思ったがそれもそのはずだ。リアルに絡みつかれていたのだから。
もちろんあの悪夢が白澤のせいだけでないことを咲月は知っている。
しかしあの身体中に絡み付かれる感覚に関しては今も体に絡み付いているこの手が原因であることは間違いないだろう。
けろりと言いのけた師匠に腹が立った咲月は渾身の力でベッドから追い出した。

「いたたた。で、体調はどう?顔色は大分よくなったみたいだけど、頭痛意外に不調はある?」

「だるいです。でもあとは特に…てあれ?」

下瞼を引いたり、首筋を触ったりして様子を見てくれる白澤にされるがままになりながら咲月ははたと気付いた。そもそも自分はどうして二日酔いになんかなっているのだろうか。
そんなに沢山お酒を飲んでしまったのだろうか。
咲月はゆっくり順を追って自分の思い出せることを確かめてみた。
昨日はみんなでピクニックをして、鬼灯様にもふもふしてもらって、シロさん達と遊んで、鬼灯様と大吟醸を飲んで、白澤様に膝枕をして、手に息がかかって、そして…

「養老の滝に落ちたんだよ、君。」

「あ」

真剣な顔で指折り数える咲月を見かねた白澤が言った。
それだ。確か滝壺でお酒を汲んでいて足を縺れさせてしまったのだ。

「肝が冷えたよ。すぐに引き上げたんだけど、大分お酒を飲み込んでしまってたみたいでぐったりしてたんだ。かろうじて意識はあったけど、危ない状態だったんだよ。」

「すみません。ご迷惑を…」

自分の失態を思い出して落ち込む咲月に白澤は少し困ったように笑って肩をすくめた。

「迷惑なんて。心配はしたけど。咲月ちゃんの可愛い姿が見られたからそれでよしとするよ。」

「か、可愛い姿って…」

泥酔した人間が可愛いわけはないだろう、と咲月は思った。
何しろこちらは毎回毎回泥酔した人(神)を見ているけれど可愛い、とは思えない。
しかし白澤なりに咲月が気を揉まなくても良いように言ってくれたのだろう、と思った咲月はそれ以上何も言わなかった。
そんなことよりもせめて迷惑をかけてしまったお詫びに今日も張り切って働こう、と思い立ち上がろうとしたが、それも叶わなかった。

「あれ、ちょっとだめだよ?今日は安静にしないと。」

「え、でも…」

「でもじゃない。咲月ちゃん、君は全然状況がわかってないね。昨日君は助けるのが遅れていたら死んでいたっておかしくなかったんだよ。とにかく今日は安静に。水分をしっかり取って、体を暖めて、薬も飲むこと。」

白澤は真剣な表情で咲月を諭した。
有無を言わせず肩をぐっと抑えられてベッドに戻らせられる。
昨日、膝の上で甘えていた人と同一人物とは思えない。
ちょっと怖いけれど、とても頼もしい。
こういう表情を見てしまうと、ああ、お医者さんなんだなあと咲月は思うのである。

黄連湯の他に呉茱萸湯という頭痛のお薬を貰い、お粥を食べさせてあげるという白澤の申し出を断ってゆっくり咀嚼しながら食べると、体がぽかぽかと暖かくなってくる。
すると、それまでは感じなかった体の節に筋肉痛のような痛みを感じた。
薬の効果もあってお腹の辺りに感じていたもやもやと頭痛は幾分すっきりしたが、体のだるさはあまり変わらない。
これは下手に動かなくて正解かもしれない。

「白澤様、お店は?」

「桃タローくんに任せてある。大丈夫だよ。」

さっきまでとは打って変わって優しく語りかけてくれる。
二日酔いに聞くというツボをいくつか押してもらうと、体はますます暖かくなって、たくさん寝たと思っていたのに柔らかな眠気が襲ってくる。
眠ってしまいたいけれど、さっきの夢を思い出して咲月は思わず白澤の服の袖を掴んだ。
白澤は一瞬驚いたような顔をしてから、目を細めて微笑んだ。

「宝貝。眠っていいよ。魘されたらまた起こしてあげるから。」

安心した咲月はゆっくりと目を閉じてから、ふわふわと口を開く。

「はくたくさま」

「ん?」

「ばおべいってなに?」

さっきも聞こえた、聞きなれない中国語。それを言う時の声がとても甘やかで、気になってしまった。

「宝貝。そうだなあ。可愛い子、愛しい子ってことだよ。」

穏やかな声が聞こえて数秒、おでこに柔らかい感覚があった。

「晩安、おやすみ。僕のうさぎちゃん。」

その声を最後に咲月の意識は沈んでいった。
その後、もう悪夢は見なかった。





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