次男の憤怒
妹の手を額に当てて祈るジョットを横目に、ロヴェッロはベッドの側にぼうっと立っていた。死神に憑りつかれた病人の体からは、特有の臭いが漂う。汗と垢が肌の上で饐えて、腐臭とはまた違う、強烈な生の臭いになる。正体なく眠るクレアの体からも、そうした臭いがした。これが死んだ瞬間には腐臭に替わるのだと思うと、胸の奥が刺されたように痛んだ。

「……、……」
「どうした、クレア。何か欲しいのか」

紫色の唇が薄く開き、吐息めいた声を漏らした。その声をなんとか聞き取ろうと、ジョットは懸命に耳を澄ませる。彼の顔を横目に見て、ロヴェッロは彼も死んでしまいそうだと思った。事実、クレアが倒れてから今まで、彼はほとんど何も口にしていない。
口を湿らせる程度に水を飲むものの、食べ物はまるで喉を通らないらしい。今にも死にそうな妹に寄り添う姿は、兄というより夫のようだ。

もともと、二人の容姿は農民の子供と思えないくらい整っている。目の色以外は全く似ていないけれど、際立って綺麗なところは共通している。いつだったか、田舎から出てきた画家が二人をモチーフにした絵を描いたことがある。世界にたった二つだけ用意されたピースがぴたりと嵌ったような――そんな印象が、筆を走らせたらしい。
生死をさまよう今でさえ、二人の在り方はどこか絵画的だ。他の全てから遠く隔てられた、二人きりの世界に閉じこもっているように。同じように傍にいるのに、ロヴェッロは二人の時間の中にいない。一人だけ仲間外れにされたような気分になるが、それは今に始まったことではない。

ジョットはクレアを目に入れても痛くないくらい可愛がっている。病弱で目が離せないのを抜きにしても、少し行き過ぎているくらいだ。ロヴェッロに対しても愛情深く接してくれるが、どうしても扱いに差は出る。決して猫かわいがりされたいわけではないけれど、不満がないわけでもない。
クレアも、長兄のジョットをよく慕っている。足元も覚束ない頃から後をついて回り、構ってもらえると声を上げて喜んでいた。ロヴェッロも両親と同じくらいに慕われていたが、ジョットほどではない。彼女にとって、ジョットは何かしら特別なのだろう。

それに、最近は慕ってくれているか自信がない。会話すると、決まって種蒔きの時のように泣かせてしまうからだ。あの時だって、ロヴェッロはただ彼女を休ませたかったのだ。聞き分けのなさに腹を立って、つい心を抉るような言葉を言ってしまったけれど。それもこれも全て、ロヴェッロの中に燻り続ける怒りのせいだ。小さな疎外感が怒りへと変貌し、クレアを虐げるよう唆すのだ。

自らを仲間外れな存在にしたのは、この世界を創生した神だ。教会で創世記を聞かされたとき、ロヴェッロは己の疎外感のわけを理解した。そして、供物を受け取ってもらえなかったカインのごとく、神という名の理不尽に激怒した。全てに平等であるべき神様は、ロヴェッロにだけ理不尽な仕打ちをしたのだ。
その怒りは手に負えない感情となって、心の中心に居座っている。そして、クレアを前にすると大きく膨れ上がり、獣のように牙を剥くのだ。まるで目の前の草食動物を牙で引き裂こうとするように。辛辣な言葉と冷たい態度で彼女を泣かせるのは、憤怒という名の獣だ。涙を見ると後悔するのに、どうしてもその獣を抑え込むことができない。

昔はそんな感情に支配されることなく、仲良くできた気がする。そう、一つのベッドで一緒に寝ていた頃は、彼女を泣かせたりしなかった。クレアは同年代の子供に比べて小柄だ。ベッドも小さく、まるで死を迎えるために誂えた棺のように見える。その不愉快な光景から目をそらし、ロヴェッロはふつふつと沸き起こる破壊衝動を抑えるために部屋を出た。
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