貴族の精神
傲然と言い放った娘を見下ろし、チェッカーフェイスは溜息をついた。彼女はもう、裸足で野を駆けまわる農民の子供ではない。高潔にして高貴、生まれながら人の上に立つ権利を有する存在だ。襤褸を纏っていても、その身に宿った高貴な者の矜持は隠せそうもない。怒りを宿して輝く琥珀色の瞳を見て、チェッカーフェイスは溜息をついた。

「君は本当に貴族だな」

セピラは指輪を託す相手を間違えた。この恐ろしいほど誇り高く、情熱に身を焦がす女の方が、簡単だった。



「彼は人間だということを失念していない、チェッカーフェイス。人間は死んだら生き返らないのよ」
「判っている。だから、撃ち込む弾は特殊なものを使う」

チェッカーフェイスは投げつけられた銃のリボルバー部分を開いてみせた。中に入れておいた六発のうち一つを取り出し、クレアに投げ返す。

「この弾――死ぬ気弾には、撃たれた人が何かを後悔していた場合のみ蘇生させ、死ぬ気で頑張らせる効果がある」
「本当に?彼に撃って死なれたら、冗談じゃすまないわ」
「試してみてもいいが、君は今、何かを後悔しているかね」

クレアは首を横に振った。ジョットがリングの所持者になってしまったことを除けば、後悔など一つも思い浮かばない。

「念のため訊くけれど……後悔していなかったら、どうなるの」
「普通に死ぬ」
「それじゃあ実験できないじゃないの」

身をもって効能を把握できれば、それに越したことはない。しかし、どれだけ頭を捻っても、クレアには後悔と呼べるものは何一つ思い浮かばない。クレアの全ては彼を軸にして成り立っている。彼を抜きにして何かを考えることが、ひどく難しいと思えるほどに。

「だめね。手頃な他人で実験してみるしかなさそう」
「気が済むまでやるといい。この弾は特殊なものだが、君ならば簡単に作れる代物だ」

チェッカーフェイスは銃弾をリボルバーに戻し、再び布にくるんでクレアに放った。咄嗟にそれを受け止めた手の上に、一掴みぶんの銃弾を乗せる。それは布の上を滑り、雨滴のようにばらばらと地面に落ちた。

「死ぬ気弾とは違う、その辺で流通している普通の銃弾だ。これを君の魂に三日ほど納めておくと、変質して死ぬ気弾になる」

クレアの『箱』が持つ力と、死ぬ気弾に込められた力は同じものだ。アルコバレーノの体を赤ん坊の姿に圧縮する時も、実は同じ力が使われている。それは昔から一族の訓練で使われてきた、死ぬ気の炎を防いだり、一か所に集めたり、封印したりする力だ。
それら三つの特性をそれぞれ極端に偏らせたものが、前述の三つになる。リングの『箱』は防護、死ぬ気弾は生命力の集約、アルコバレーノは封印に特化している。
特化といっても元は同じ力なので、他の性質もきちんと有している。だから『箱』の炎を注げば、死ぬ気弾が作れるのだ。アルコバレーノは、死ぬ気弾ほど簡単にはできないが。

「話はこれで終わりだ。次の段階へ進む頃合いにまた来る」

チェッカーフェイスは黒い炎をその手に灯した。七つの属性の炎ともクレアの『箱』とも違う、第八の属性の炎だ。それが空間転移の力であると直感し、クレアは咄嗟に空いた手で男の服を掴んだ。

「待ってちょうだい、まだ話は終わってないわ」

訓練でジョットにその弾を打ち込むとき、彼に何かを後悔させなければいけない。もし彼の心を読み間違えたら、この手で彼を殺すことになるのだ。そして、彼が心の底から後悔することは、たった一つしかない。

「あの人を後悔させるために、必要なものがあるの。それを準備しないことには、こんな訓練はできないわ」

無言で見下ろしてくるチェッカーフェイスを、クレアは顎を突き上げるようにして見上げた。仮面の奥に隠れた顔が今、どんな表情を浮かべているかはわかる。できない、できないと子供のように突っぱねることに苛立っているのだ。けれど、言葉は同じでも意味が違う。後に続くのは、拒絶ではなく提案なのだ。

「貴方は私を貴族と言ったけれど、それは彼も同じ。私には、あの人が何を後悔するか手に取るようにわかるわ」
「ふん、わかるのか」
「ええ。貴族はね、人を守れぬ己の無力を悔いるの、……いいえ、悔いたのよ」

前世で、ジョットはいつも領地と領民を遺すことを憂えていた。自らの命よりも、自らの守るべきものを案じていたのだ。居城近くの村が襲撃されたとき、彼は逃げなかった。誰か一人でも救えればと、村へ駆けつけることを選んだ。放たれた火、燃え落ちる村、暴徒の刃の下で息絶える領民たち。
ジョットは剣を、クレアは水の入った桶を手に村中を駆けまわった。けれど、誰かを守ることも、火を消し止めることもできなかった。領民は皆殺しにされ、村は焼け落ち、ジョットは銃弾に倒れた。死後の世界でも、彼は領地と領民のことを心配していた。彼が後悔すること。それは、守るべき土地と民を、守れないことだ。

「彼の心があの時のままならば、彼には守るべきものが必要よ。それらが危機に瀕して初めて、私はこの銃を撃つことができる」

ばらばらの銃弾を落とさぬよう、クレアは慎重に渡されたものを布に包み直した。それをしっかりと懐に入れ、再び切り株の上に腰を下ろした。

「ここにはそれがない。だから、彼もろとも家族を他所へ追いやってちょうだい」
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