ワケあり学校
「寄り道してもいい?」

パレルモへ戻る道すがら、クレアは運転席の『雷』に話しかけた。途端に口をへの字に曲げたところを見るに、少しいじめ過ぎてしまったらしい。
反省も後悔もしていないが、次はもう少し考えて八つ当たりした方がいいだろう。

「へいへい。どこへなりと。南か?西か?」
「キャバッローネファミリーの、若いボスのところよ」
「ディーノの坊主?」

九代目が特に目をかけている青年を思い浮かべ、『雷』は首を傾げた。父親の死により急きょ就任したものの、彼は未だ高校生だ。
退学したという話は聞いていないので、学期中は学校に居るだろう。

「ディーノに何の用だ?」
「彼に用はないわ。あるのは、彼の家庭教師よ」

赤ん坊の姿をした凄腕のヒットマン、リボーン。彼に話を通さないことには、フィレンツェの地を踏むわけにはいかない事情があるのだ。
あとで銃を持って押しかけられても困るし、通すべき筋は通しておいて損はない。

「じゃあ学校だな。今ならちょうどいい時間だろうし」
「下宿の方ではいの。もう授業は終わっているころでしょう」

ごく自然にそう言うクレアに、『雷』は目をパチクリさせた。パレルモにあるマフィア御用達の学校は、七十年の昔から全寮制だ。
気の荒い若者同士の権力闘争を適切に管理するには、それが一番効率的だからだ。

マフィアでなくとも知っているそんな事を、ボンゴレの『姫』が知らないはずがない。そう考えかけて、『雷』はすぐに改めた。
彼女は本当に知らないのだ。百年も生きているのに、通ったこともなければ、継承問題に関係のないことは知る機会も無かったのだ。

「マフィアのボンボンを集めた学校だぜ。たんまり寄付金を貰う代わり、多少のことは処理してくれる」
「成績が不十分でも、学歴を付けてくれるの?それとも、殺し合いの痕跡を掃除してくれるの?」
「どっちもだ。俺も通ったから、良く知ってるぜ」

入寮の際、寮の管理人は必ず親子にこう告げる。
――ここでは全てが自己責任です。生きるも死ぬも、殺すも殺されるも。ただし、内部の秘密は決して漏らさないし、死人が出てもうまく取り計らう準備はある――と。

そのため、自分で自分の身を守れない者はこの学校に入学しない。そして、実力も無いのに大きい態度を取った者は、最初の一週間で消える。
この学校の卒業者というだけで、マフィア界では一目置かれるのはそのためだ。

「それに、将来有望な奴が遊び呆けて腐らないよう、適度に管理もしてくれる。まあ、酒に関しちゃちょっと緩いがな」
「全寮制なのね。確かに、それならちょうどいい時間だわ」

全寮制の学校だと判り、クレアは納得した。敷地内の寮ならば、下宿するよりは安全だろう。
同級生との殺し合いよりも、腕利きの暗殺者に待ち伏せされる方がずっと危ない。

「そういや、ザンザスも同じ学校なんだぜ。知ってたか?」
「いいえ、……でも、そうなの?本当に、兄様も?」
「今は忙しいから、学校に居るか判らねぇけどな」

『雷』の言葉に、芽生えた希望が瞬時に萎む。よく考えるまでも無く、エストラーネオ討伐で忙しい彼が、学校に居るはずがないのに。

バックミラー越しに落ち込むクレアを見て、『雷』は苦笑した。兄にかかれば、イタリア最後の貴族令嬢とてただの妹になってしまう。
どんなに機嫌の悪い時でも、それは変わらないようだ。

時間に余裕があったら、帰りに少しだけ寄ってやろう。そう思う程度には、『雷』とて彼女を気に入っていた。
車を学校の方へ走らせながら、『雷』は煙草に火を付けた。



パレルモの郊外に在るその高校は、一見すると修道院だ。もとは修道院だった建物を、内装だけ豪華に変えて使っているからだ。
寮はかつて修道士が暮らした寄宿舎で、こちらも学生の生活水準に合うよう改装している。

かつて神の教えのもと厳格に閉ざされていた門を叩くと、管理人の老婆が恐る恐る進み出てくる。彼女はよく弁えた人で、ディーノに用があると告げると何も訊かずに奥へ招いてくれた。

クレアと『雷』が通された部屋は、もとは懺悔室と思われるところだった。ただし、壁に掛けられた十字架の他は、その原形を感じられるものは何もない。

「コーヒーはいかがですか」
「ありがとう、でもお構いなく。少し話があるだけですから」
「わかりました。すぐに呼んでまいりますので、今しばらくお待ちください」

彼女は足早に寮の方へ去り、五分と経たぬ間に戻って来た。爆破されたのかと思うほどボロボロの制服を着たディーノが、彼女の後に入ってくる。

「おいおい、随分と男前になったじゃねぇか、ディーノ坊」
「あはは、ちょっと喧嘩に巻き込まれちまって」

巻き込まれただけにしては、随分とひどい有様だ。一着千ユーロのお高い制服がズタズタに裂け、ボロ布同然になっている。
引き千切られたにしては、どれも切り口がきれいすぎる。しかし、剣で切ったにしては数が多く、太刀筋が縦横無尽に走っている。

こんな芸当ができるのは、剣帝テュールくらいのものだろう。ディーノは呑気な顔をしているが、ただの喧嘩でないのは誰の目にも明らかだ。

「それで、どうしたんですか、俺に用って」
「用が在るのはこちらのお嬢様だよ。あと、お前じゃなくて、家庭教師の方にな」
「こんばんは、ディーノさま。呼びつけてしまってごめんなさいね、お気を悪くしないでくださると嬉しいのだけど」

人好きする笑みを浮かべたクレアに、ディーノは気まずい笑みを返した。中身と外見がちぐはぐに思えて、どちらに合わせるのが良いのか判断に悩む。
彼女としては、中身に合わせてほしいのだろう。頭に大きなリボンを結んでいても、その表情はオリヴィアの演じたジュリエットのように大人びているのだから。

「リボーンに会いたいって言われてもなー。家庭教師はもう終わりだって出て行っちまったから」
「それは残念だわ。もう少し成熟するまで世話をしていると思ったのだけど」
「俺もそう思うけど、いつまでも甘えてはいられないしな。俺なりに頑張るよ」
「良い心掛けね。でも、今は……」

言いさして黙ったクレアに、ディーノもまた表情を厳しくした。
彼女の言わんとすることは判っている。このところ続いている意味不明な争乱においては、ただ頑張るだけでは身を守れないということだ。

「俺は何をすればいい?何か、知ってるんだろう」
「……陣営を定めないことと、悪魔の誘いに耳を貸さないこと。それと、この状況をどうにかしようと思わないことね」
「んんん?」

意味のわからない助言に、ディーノと『雷』は揃って唸り声を上げた。思いのほか簡単に認めたことよりも、助言が内包する幾つかの要素の方が衝撃的だ。

一見無秩序に見える争乱が、実は対立する何某かの争いであること。その双方ないし片方が、抗争を起こすよう唆しているということ。
そして、ボンゴレの第三勢力であるキャバッローネをもってしても、この争乱を鎮めるには力が足りないということだ。

「悪魔は嘘を付くわ。心の傷を一番つらい方法で抉り、憤怒と憎悪を引き出すために」
「だから、耳を貸すなって言うのか」
「それができれば、世話の無い話だけれど」

それができないから、今の混乱がある。ディーノは無意識に、心臓の上に手を置いた。この心には、未だ癒えることのない生傷がある。
自分の弱さ故に、父を死なせてしまったあの日。その後悔と絶望、そして自責の念は今も、この胸に揺るぎなく在る。

ともすれば泥沼に沈みそうなその心を奮い立たせてくれるのは、ファミリーと民の優しさだ。父を亡くしたことを悲しみこそすれ、彼らがディーノを非難したことはない。

それが期待と重圧の裏返しであっても、彼らは糾弾ではなく贖罪を求めたのだ。ならば、ディーノにできるのは、父以上に彼らを大切にすることだけだ。
立派なボスになって、いつかわが身が朽ちるその日まで。

「あなた、父の死を自分のせいだと思っているのでしょう」
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