決裂の会合
居並ぶ面々に座るよう促し、クレアは九代目をピアノの椅子に座らせた。
そして自身はピアノの傍に立ち、九代目に向き直った。

「私が初代の為に生きているのは、知っているでしょう」
「ああ」
「そのために、二代目と対立して、殺された事も」

九代目は頷き、先を促した。杖を握りしめた手が、汗で滑りそうになる。初代の時に作られ、今の今まで隠されてきた秘密が、紐解かれる。
『姫』の顔を見つめ、九代目は語られるのを待った。

「私達の始まりから話しましょう」




「イタリア統一後まもなく、初代の妹だった私は会合を開いた」

クレアの言う会合は、ボンゴレの歴史には『決裂の会合』と記されている。初代の妹の呼びかけで、初代の側であった穏健派達が秘密裏に結集したものだ。
当時、イタリアでは進退を巡って秘密結社が穏健派と過激派に分かれていた。その関係はいつ抗争に縺れ込んでも可笑しくないほど険悪なものだった。

そんな状況下で、穏健派が開いた会合の資料が一部、過激派側に漏洩した。そこには過激派への宣戦布告と攻撃時期について、クレアの署名で明記されていた。

これに激怒した過激派は、先手を打って穏健派へ攻撃を仕掛けた。そして、勢いのままに穏健派を殺害、或いは国外へ追放し、イタリアを手中に収めた。
初代とその守護者は国外へ逃げたが、その妹は港で捕縛された。そして、リングを継承したのち、穏健派への見せしめとして殺されたのだ。

「マフィアの絶対的支配が始まった切欠じゃな」
「ええ。この会合は、穏健派にとって大きな過ちだったと言われているわ」

もし会合を開かなかったら、過激派に攻撃の口実を与える事はなかっただろう。民衆に、穏健派とは名ばかりだと誹られる事もなかっただろう。

「でもね、この話には、おかしいところが二つあるの。会合と、資料に」

何をしても危険な時期に、なぜ秘密裏とはいえ会合を開いたのか。人が動く以上、どうしたって痕跡は残る。密かに根回しした方が良かった筈だ。
それに、火種になるであろう資料が漏洩した事も不自然だ。暖炉で燃やしてしまえば、情報が漏れることはなかった。

「それなら、歴代も疑問に感じておったな。判断ミスという結論で終わったが」
「普通に考えれば、そうでしょうね。でも、発想が逆なのよ」

当時、穏健派に属する人の八割近くが民間人で、自警団などの戦力になる人材が不足していた。
数は多くとも、戦力としては過激派に比べて遥かに少なかったのだ。

奇襲ならまだしも、正面から相対せば敗北は明らかだった。それなのに、穏健派は火種を作り、そのために時代の趨勢を過激派に委ねてしまった。

それが焦りから来る判断ミスでなかったら、何と解せば良いのか。歴代は悩み、軽率なミスとして受け止めた。
しかし、九代目はクレアの言葉で、一つの可能性に気付いた。

「まさか」
「そのまさか。私達はそうなる事を意図して行動したの」
「ありえん。自ら滅ぼうとしたのか」
「いいえ、その逆。滅ばぬために動いたのよ」

解せぬと言いたげな九代目を見て、クレアはくすくすと笑声を漏らした。

「あれは雪が降る頃だったわ」



初代の時代、クレアは勢力図を前にこれからのことを考えていた。自警団は大きくなり過ぎた。そのうえ、先達に倣って徐々に腐敗してきている。
歯止めをかけても、それを望む者がいる限り無駄だろう。

もう、止まらない。止められない。そう悟ったクレアは、ジョットに内緒で穏健派に属す自警団に召集を掛けた。
そうして秘密裏に開いた会合で、クレアは作戦を説明した。

過激派を時代の趨勢にするため、開戦の切欠になりうる資料を流す。その前に、穏健派は攻撃を受ける前に、国外へ逃亡するようにと。

「ふざけんな!そんな命令、俺は絶対にきかねぇぞ!」

即座に反対したのは、ロンシャン・トンマーゾ率いる自警団だった。ジョットと最も親しかった彼は、過激派に趨勢を委ねる事の危険性を十分に理解していた。
その目に耐え難い怒りを見て取り、クレアは表情を厳しくした。

「貴方達も判っているでしょう。まともに戦えば、勝ち目はないと」
「それは……」
「このままでは、予想もしない切欠で争いが始まってしまう。そうなれば、私達は本当に負けることになる」

考えないようにしていた未来を指摘され、その場の誰もが項垂れた。貴族に虐げられ、宗主国の政策に虐げられ、次はかつての同胞に虐げられるのか。

重苦しい沈黙がその場を包み、クレアは何と声をかけたものか悩んだ。良い国を作るため、彼らは恐怖に耐えて頑張って来たのに、それは叶わないと言ってしまったのだ。

「それで、お前はどうするんだ?」

沈黙を破る問い。顔を上げると、激したロンシャンと目が合う。彼に手首を掴まれ、常の彼なら絶対にしない乱暴な仕草で引き寄せられる。
クレアが顔をしかめても、彼は手を離そうとはしなかった。

「死ぬのか?誰に殺されるつもりなんだ、お前は」
「ロンシャン」

宥めるように呼び掛け、クレアはつとめて優しく微笑んだ。

「私はリングの『箱』、イタリアを離れるわけにはいかないのです」

たとえ処刑されることになろうとも、クレアには継承者の傍に居る義務があるのだ。絶望に沈んでいた仲間たちが、ざわざわと騒ぎ出す。

「仲間を連れて逃げなさい、ロンシャン。今ならば、アメリカへ渡る移住者にまぎれることも出来るでしょう」

そう言って、クレアは未だ離れぬ彼の手を振り解こうとした。しかし、意図を察した彼によって阻まれ、さらに強い力で握り込まれる。

「見縊るなよ、ジョットの妹」
「ロンシャン?」
「生憎だが、俺は其処まで腑抜けじゃねぇんだ。俺だけじゃない、俺の仲間もだ」

地を這うような声で宣言し、ロンシャンは中世の騎士のように片膝をついた。そして、掴んでいた手を掬いあげ、甲に唇を落とす。

「俺は此処に誓う。トマゾファミリーは血族の続く限り、お前の忠実なる臣下として仕え続ける」
「なにを」
「そして、お前の力となり、望みを叶えてみせる。どれほど未来が長くとも、永久にだ!」

その場に集った自警団の幹部たちが、彼に倣って次々と膝を折る。ただ一人立ち尽くして、クレアは言葉もなくその光景を見渡した。
それが、この喫茶店に集まった者達の先祖とクレアの、長きに渡る戦いの始まりだ。
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