トマゾの功罪
穏健派はマフィアの台頭を否定し、法による統治を望んだ集団だ。権力欲に取りつかれた過激派に負け、時代の波間に消えた――はずだった。

しかし、彼らは波間に分散して生き残り、クレアは彼らを率いて暗躍していた。二代目が言った通り、彼女は反マフィアとして活動していたのだ。
歴代の仕事を妨げた者は、確かに彼女だったのだ。そして、彼女は絶対にその尻尾を掴ませなかった。

それを九代目に明かしたからには、そこに何かしらの意図がある。その意図こそが九代目をここに呼んだ理由なのだろう。
九代目は三日月のように目を細め、ゆっくりと瞬きをしてみせた。


「初代の妹として私が死んだ後、P2は一旦トマゾが預かったわ」
「トマゾというと、先程話していた?」
「ええ。彼はよく頑張ってくれた。今のP2の礎を作ったのは彼だもの」

トマゾの前身はカンパニア州最大のノーマ・ネーラで、ボンゴレと並び立つ一大組織だ。極めて攻撃的なその性格に反し、彼はジョット率いる穏健派に所属していた。

しかし、ジョットの引退を裏切りと見た彼は、クレアを差し出す代わりに過激派へ転向した。普通なら裏切りものなど相手にしないところだが、過激派は彼の転向を大いに歓迎したと言う。

当時から既に、ボンゴレの独裁を懸念する者は多かったと言うことだ。そして、トマゾはそうした声を巧みに利用し、過激派の中でボンゴレと対立し続けた。
初代トマゾとセコーンドが何度も殺し合ったことは、今も伝説として語り継がれている。

しかし、これは過激派から見た歴史だ。今の話と合わせて考えると、トマゾの真意が別にあったことがわかる。
クレアに代わってP2を指揮し、元穏健派の弱小マフィアを育てたトマゾ。彼なくして現在のイタリアは無いと言っても、過言ではないだろう。

「あそこのボスは、代々ロンシャンといったね」
「ええ。初代ボスが決めたの、ボスの座と共にその名を継がせるって」

トマゾの初代ボスの顔を思い出し、クレアは懐かしさに目を細めた。彼は気性が荒く粗暴だが、眩しいほど真っ正直な青年だった。

「彼は、自分は限りある者だと知っていた。だから、せめて名前だけでも変えるまいとしたのよ」

クレアが姿も声も変わらぬように、トマゾのボスの名前も変わらない。変えるまいとした。ロンシャンの名は凡人の抵抗であり、その象徴だったのだ。
その想いが通じたのか、初代の誓いは固く子孫に受け継がれ続けてきた。

「だから、彼の子孫がイタリアを去ったのは、本当に悲しいわ」

先代『姫』が亡くなって間もなく、トマゾファミリーは零落した。理由はとても簡単で、ボスが転向したからだ。
先代のトマゾのボス、『ロンシャン』・トンマーゾ・ブシェッタ。初めてマフィアと政財界の癒着を世に告発した転向者だ。

ファミリーはあらゆるマフィアから攻撃され、イタリアを去らざるを得なくなった。今では崇高な志は失われ、日本に退いて以降は日がな内乱に明け暮れているという。
若く未熟なボスを頭に置き、誰が実権を握るかで揉めているのだとか。

「ロンシャンは私の留守を守ってくれる人だった。彼を失ったのは、相当の痛手よ」
「まさか、それで私を此処に?」

九代目の問いに、クレアはうっすらと微笑みを浮かべた。浅慮だと言わんばかりのそれに、九代目はぐっと眉間にしわを寄せた。

「貴方を――ボンゴレのボスを此処に連れてきたのは、手伝ってもらいたい事があるからよ」
「それは、私にしかできないことなのかな」

九代目の物言いには、些かの不安と疑念がある。ボンゴレファミリーのボスとして、受け入れがたい事もあるからだろう。

「コンミッショーネとインテルプロヴィンチャーレよ」

イタリアのマフィアは、その成り立ちゆえに統制が利いている。全てのマフィアは、コンミッショーネ、つまり最高幹部会によって管理されているのだ。

それはカーポマンダメント――地区頭領と呼ばれる、三つのファミリーから構成されている。地区頭領はその県で最も強い勢力のファミリーであり、最高幹部会において県内のマフィアのかじ取りをしている。

そして、その最高幹部会の上に、インテルプロヴィンチャーレがある。各地の最高幹部会を纏めるファミリーのみが参加できる、地方委員会だ。
情報交換と、若いマフィアの処分、各々の利権の調整などを話し合い、マフィアと国家の関係をいかにするべきかを決める。

地方委員会で決定権を持っているのは、四大ファミリーのみだ。北のジッリョネロ。東のベッチ。南のボンゴレ。
トマゾなき今、西は空席となっているので、三大ファミリーと言うべきか。

「トマゾにはね、私達の意見を代弁してもらっていたの」
「そういえば、彼らはよく、どこぞのファミリーを潰すべきと言っていたね」

九代目は積極的に発言していた先代トマゾを思い出し、納得した。
荒くれ者の集団の割に、道徳的な理屈で他のファミリーを糾弾するので不思議だとは思っていたが。

それがクレアの指示ならば、言動不一致でも頷ける。彼女は真実、イタリアの民を守るために活動しているのだから。

「お待ちください、我が君」

いま一人、初老にさしかかった老人が制止の声を上げた。それも予想できたことであり、クレアは老人に微笑みかけた。

「異を唱えることを、どうかお許しください」
「構わないわ。意見を述べなさい」
「はい。ボンゴレは長らく我々と対立してきたマフィアです。僭越ながら、ジッリョネロの方がよろしいかと」

老人の提案は、クレアにとっては予想し得る範疇のものだ。だから、クレアは淀みなく、予め考えておいた答えを返した。

「駄目よ。ジッリョネロは中立主義だもの」

ジッリョネロファミリーは、ボンゴレと同等の歴史をもつマフィアだ。しかし、彼らはマフィアでありながら争い事を嫌う変わりもので、万事において中立の立場を崩さない。

そして、ジッリョネロの初代ボスとクレアは、浅からぬ縁で結ばれていた。その縁は子孫にも繋がっており、切っても切れぬまま続いている。
彼らを戦いの場に引きずり出すような真似を、クレアは望まない。怒りと恨みと、そして憐みから、どうしても望めないのだ。
しかし、それは理由にならない。だから、クレアはもっともらしい理由を並べ立てて、老人の提案を斥けた。

「戦闘に向かない彼らに、トマゾの代わりは務まらないわ」
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