また巡る
ボンゴレファミリーには三人の『頭』がいる。一人はボンゴレファミリーのボス、リングの正統なる後継者。一人はCEDEF――門外顧問のボス。そして最後に、平時に姿を見ることのない『頭』が一人いる。それは『姫』と称される、ボンゴレリングの『箱』だ。
彼女は初代の妹であり、継承問題においてはボス二人を凌ぐ権限を持つ。しかし、その存在はある種の都市伝説として――つまり、実存の疑わしいものとして――しか知られていない。

しかし、彼女はいつの時代にも必ず、確かに存在している。人知らぬ地下牢の、暗く鎖された鉄格子の向こうに。輪廻を繰り返し、跡目争いの折には現世に舞い降りて。初代に愛された、当時の姿と記憶をそのままに転生する。
彼女の名はクレア、初代の妹にして、彼に最も愛された人。その行動理念はただ一つ、初代の心に添うこと。これはそんな少女が、幸せを願う物語である。


八歳の夏、七代目の一人娘ダニエラは、大時計の中に隠れて息を潜めていた。

「ダニエラ様、どこに隠れたんですか?!」
「まったく、お転婆すぎる!一度きつく叱ってもらわねば……」

足音と共に、父の守護者たちの気配が遠ざかる。お目付け役を撒けた喜びが零れないよう、ダニエラは手で口を覆って笑った。それから、大時計の中から出て、部屋の扉に鍵をかける。誰も使わないせいで、ザリザリと不愉快な感触のする錆が手についた。
手の汚れを服に擦り付け、ダニエラは部屋の隅にある床下収納の扉に駆け寄った。同じような錆び具合の鍵は、少し揺すれば簡単に開く。扉を持ち上げ、ダニエラは明らかに収納スペースでない暗闇を見つけた。

「やった!ついに見つけたわ」

半年前、ダニエラは父の側近から内緒話を聞かされた。いわく、この城には『姫』を幽閉するための地下牢があるらしい。『姫』とは初代の妹のことで、継承にかかわる特別な使命を持っている。そのために、当時の記憶を持ったまま輪廻転生を繰り返しているのだそうだ。
側近は、今の『姫』は七代目の娘、ダニエラの姉であると教えてくれた。七代目は彼女を蛇蝎のごとく嫌っており、娘として認めてはいないけれど。初代の妹たる魂を宿すその体は、間違いなくダニエラの姉だと。

その話を聞いて、ダニエラは興味を覚えた。見も知らぬ姉ではなく、初代の妹としての彼女に。妹ならば誰よりも知っているはずだ。ダニエラの憧れの人−−初代ボンゴレボスのことを。混迷の時代を切り開き、建国にも携わった最強の人。彼はどんな人だったのか、当時を知る人の口から話しを聞けるかもしれない。
そう考えて、ダニエラは件の地下牢を探し回った。お目付け役の守護者や家庭教師を振り切って、城の一階を隈なく調べた。そして、半年かけてやっと、その場所を突き止めたのだ。愛読書である初代の記録を手に、ダニエラは壁際の梯子を下りた。二メートルほど下り、百年は掃除してなさそうな汚れた床に到着する。

「うっ、埃っぽい……」

うっかり巻き上げた埃に咽ながら、ダニエラは辺りを見渡した。地上へ続く梯子の反対側に、地下へと続く階段がある。そこは明かり一つ用意されていないようで、重苦しく湿っぽい暗闇に包まれている。ぽっかり開いた暗闇が魔物の口のように見えて、恐ろしさに足が竦んだ。

「……っ、初代の、お話を聞くんだもの」

初代の記録書を胸に、ダニエラは暗闇に目を凝らした。そして、何も怖い物がないと確認して、足先をそっと一段下へ伸ばした。意外と乾いた石畳の感触に安心し、慎重に一段、また一段と降りる。長く尾を引いて木霊する自らの足音が、不気味で我慢ならない。今すぐ帰りたい気持ちを抑え、本に縋ってどうにか耐えに耐える。そしてついに、ダニエラは永遠にも思われた螺旋階段を下り切った。

「汚い扉……」

最下層には、ひどく粗末で簡素な木製の扉があった。戸板はボロボロで虫食いが目立ち、ノブと蝶番は錆びて外れかかっている。鍵は掛かってないらしく、そっと戸を押すと簡単に開いた。扉の向こうには、申し訳程度の明かりがあった。
長持ちしそうな大き目の蝋燭が二つ、壁掛けの燭台の上で火を戴いている。扉の幅ギリギリのところに、部屋を二つに隔てる鉄柵があった。天井から床まで、右の壁から左の壁まで続く、頑丈で錆び一つない鉄格子だ。子供の手でも通らない幅のそれは、壁と言っても良いほど堅牢な印象を与える。

「ねえ、誰かいる?私、姉が居るって聞いたんだけど」

蝋燭の火に目を瞬かせながら、ダニエラは鉄格子の奥に問いかけた。返事はないが、人が身じろいだような気配がする。ダニエラは格子の奥を覗き込み、目が慣れるのをじっと待った。しばらくすると、暗闇の中に一人の少女が見えてくる。
彼女は粗末なベッドに腰掛けて、今しも本から目を上げたところだった。人形みたいに整った面差しに、細かく結い上げた長い黒髪。顔以外の肌を見せたくないのか、白いドレスと手袋に身を包んでいる。薄暗い地下牢でも燦然と輝く美貌と高貴な佇まい、身形の綺麗さ。囚われのジェーン・グレイを髣髴とさせる美少女が、そこにいた。

「これが、『姫』……」

ボンゴレリングの『箱』の使命をもつ、初代の妹。何一つ戦うすべを持たない、戦場では足手まといの『お姫様』。王の隣で微笑むのがお仕事の、政に関わるべきでない支配階級の女性。そんな意味を含んで『姫』と呼ばれる、生ける時代の証言者。存在そのものが背信的な、鎖に繋がれた異端の化物。

「貴女が、初代の妹なのね」
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