- 十徳かぎ開け
九代目が部屋の外から呼びかけても反応なし。部屋の前にお菓子を置いても出てこない。
九代目の甥っ子達が面会に来ても、挨拶すらしない。
彼女の部屋はバスルーム等が備え付けられており、食料さえあれば引き籠れる環境ではある。
なまじ環境を整えてしまったが為に起こった騒動だろう。
三日が経ち、何度目かの説得に失敗した九代目は、守護者たちの談話室の隅っこで落ち込んでいた。
「大丈夫ですよ、九代目。中には食料がありませんから!」
どんより暗い表情の九代目に、ニー・ブラウJr.は努めて明るい声で話しかけた。すると、ややおいて九代目がゆっくり振り向く。
晴れやかと言うにはほど遠いが少しは浮上した表情に、ニーはほっと安堵した、が。
「あの部屋には抜け道があるぞ」
ビスコンティが爆弾を落とした。
「ぬ、抜け道ですか、ビスコンティ」
「ああ。ほら、額縁の裏の……隠し廊下を使えば厨房に忍び込める」
隠し通路の確認を忘れていた三人は、がっくりと肩を落とした。
既に食料を調達済みならば、長期戦も覚悟しなければならない。
しかし、緊急事態でもないのに、隠し通路から強引に踏み込む訳にもいかない。
再び部屋の隅っこに戻った九代目を見て、ニーとガナッシュは血相を変えた。
「ビスコンティ!何てことをするんです、せっかく九代目が復活しかけていたのに!」
「俺は事実を言っただけだ」
「事実は時として残酷なんですよ!全く、どうするんですか今日の会合!あんなんじゃまともにできませんよ?」
部屋の隅っこで『どーせ儂なんて……』とか言っている九代目に、さしもの雲も罪悪感を感じた。
「責任とって今日の会合は貴方が行ってください」
「……仕方ないな。その間にアレを治しておけ」
「無理」
ガナッシュとコヨーテ、ニーは思わず声を揃えた。
ザンザスとうまくいかないと、九代目は部屋の隅っこで落ち込む。
あの手この手で慰めても、短時間で復活したことは一度もない。一昼夜で隅から戻ってきたら奇跡である。
「九代目、いっそ鍵を壊しませんか?ほら、道具ならこちらに」
どんよりと落ち込む九代目に、ニーは道具を差し出した。ただ、その道具というのはどう見てもピストルだった。
「娘に銃口を向ける訳にはいかん。万一怪我しては大変じゃろう」
「では、こちらを」
ピストルの代わりにピッキング道具一式が差し出される。しかも十徳ナイフみたいになっていてコンパクト収納できる優れものだ。
「なぜそんなものを持ってるんじゃ」
「試したんです。けど、私はどうにも手先が不器用で」
晴の属性だからか、ニーは見た目に反してかなり体育会系の性格だ。
まどろっこしい作業が大の苦手、鍵を開ける為に扉を砕くタイプである。
とりあえずピッキングは断り、九代目は重い腰を上げた。
「もう一度、話をしてみようと思う。聞き入れてくれるかは、わからんが」
「では、ご一緒に」
「いや、いい」
護衛として同行しようとしたニーを、九代目は制した。
「私一人で行ってくる。わしは『姫』としての彼女ではなく、娘に会いに行きたいんじゃ」
「……わかりました。ではこれをどうぞ」
「いや、だからピストルは要らんて」
二人のやりとりを眺めていたコヨーテは、溜め息をついて部屋を後にした。
その後を追いかけるように、ビスコンティも部屋を出る。
「コヨーテ、どこへ?」
「九代目の執務室だ」
短く応え、コヨーテは九代目の執務室の扉を開けた。当然ながら、其処には誰も居ない。
しかし、彼は尚も部屋の中を注意深く見て回り、一つの額縁の前で足を止めた。
「五度ほど斜めになっているな」
「ああ」
試しに絵を外すと、その裏には小供なら辛うじて通れる程度の小さな扉があった。
大きさから考えてボスの避難用ではない。
しかし、ボス以外の誰の為に、ボスの執務室に扉を作るのか。
「こんな所に隠し通路があったのか。知らなかったな」
「ああ。……二代目が購入した絵だったな、これは」
印象派の画家が描いたであろう絵を見て、コヨーテは片眉を上げた。
クレアに何処となく似た、喪服の少女が描かれている。
偶然か、それとも。コヨーテは絵を元通り、きっちり床と平行に掛け直した。
「それより、ビスコンティ。今日の会合の準備をしなければ」
「わかっている」
「言っておくが、手伝わんからな」
そう言いつつも資料を準備する嵐を見て、ビスコンティは口の端に笑みを浮かべた。
そして、最後の引き出しを閉め、彼から資料を受け取るべく執務机から離れた。