出来ること 弐

記憶はまるでないのに、神を降ろすことができた。

けれど、それを不思議だとも怖いとも思わなかった。

まるで、誰かに守られているような、心配はいらないと囁かれているような。

そんな心地がするから、少しも怖くはなかったのだ。




「神降ろしをしたのか、瑜葵よ?」

信玄の声は、重く響いた。
少なからず良く思っていない事が感じられるものの、瑜葵は頷いた。

「はい。此度の戦の命運を知りたくなりました」
「……神はなんと?」
「此度の戦、長篠にて決着つかず。命運は勝利にあらず、と言っていました」


信玄と幸村が目を瞠る。佐助は一度聞いていた為に動じはしなかったものの、表情の険しさはいや増した。

「それは真でござるか、瑜葵殿!?神が、そのように申したと……!」
「は、はい」

「長篠では戦いは終わらぬ、とは……なんと……!」
「うむ。だが、今更戦わぬ訳にもいくまい」

信玄の言葉に、幸村も佐助も頷く。しかし、瑜葵は愕然とした。

「決着がつかない戦を、するのですか。戦をすれば、沢山の人が死に、犠牲になります。勝てない、無駄な戦なんて、どうして……」

「瑜葵よ。無駄ではない……此度の戦いでは、織田を撃つ為に、儂だけでなく謙信も戦う。独眼竜も、既に兵を出しておる」

風来坊から、独眼竜・伊達政宗が同盟には加わらず、単独で織田を討とうと奥州を飛び出したと連絡がきた。

その一軍を斥候とする形で、越後の軍神と甲斐の虎は出陣する。

「此度、武田が戦わねば越後・奥州の犠牲は甚大になろう。それはあってはならぬ。次に勝つために、犠牲も勝利も分け合うのじゃ」

特に、越後は尾張に近い。甚大な犠牲を払い、国力に僅かなりとも陰りを見せれば、攻め込まれるは必定。

謙信を永遠の宿敵かつ戦友となし、相見える事を楽しみにする信玄にとって、越後が落ちる事は避けたい。

「もう挙兵した。お主の気持ちはありがたいが、後には引けぬ。辛い事だとは思うが、見送ってくれ」

信玄の言葉に、瑜葵は眉を下げた。
それを諒解ととった信玄が腰をあげると、瑜葵はその袖を掴んで引っ張った。

「お館様。私を、戦場に連れていって下さい」

「なっ、何言ってんの!危ないから、駄目に決まってるでしょ!」

答えたのは信玄ではなく、佐助だった。
信玄も幸村も、突拍子もないお願いに唖然としている。

「神は私に加護を与えると言っていました。だから、私が付いていけば、武田にも神の加護があります」


皆が眉を潜めるのを見て、瑜葵は更に言い募る。


「私は、佐助さんや幸村さんやお館様、いいえ、武田の皆さんに生きてほしいです。私の手が有れば、死の傷も癒せます。ですから……!」

「だが、瑜葵よ、お主は身を守る事も出来ぬ。来ては駄目じゃ」


信玄の言葉に、瑜葵は怯むことなく首を横に振った。

「私は陣にいます。お館様や幸村さんや佐助さんが前線にいて、陣まで攻め込まれる事なんてありえません」
「駄目でござる、危険な事に変わりはない!」
「そうだよ、戦場では何が起こるかわからないんだから」

淀みなく反論する瑜葵に、幸村も佐助も難色を示す。

だが、瑜葵には一歩も引くつもりはない。

以前彼らが戦に行っていたとき、瑜葵はとても寂しかった。とても怖かった。

彼らが帰ってこないのでは、怪我をしているのではと思うと、それが悪夢になって襲ってきた。
寝てもすぐに飛び起きて、昼にうとうとして。本当は、泣きたいくらいに怖かった。

瑜葵はあんな思いをするくらいなら戦に行きたいと思った。

怪我をしたとき、すぐにこの手で癒せば、彼らを失うことはない。
彼らを失うことに比べたら、戦で危険に晒されるくらいなんてことないと思えた。

「私は、『甲斐の姫』です。甲斐の為に戦に身を投じる覚悟がなくて、何が姫でしょうか。それに、戦場は、私の力の……見せ場ではないですか」

瑜葵の言葉は正論で、信玄たちに反論を許さない。

ぐうの音も出ない三人に、瑜葵は笑って見せた。
その笑顔は、瑜葵に似つかわしくなくて、三人はぐっと眉間にしわを寄せた。

「……よかろう。だが、警護はつけるぞ」
「はい!」

信玄の了承を勝ち取り、瑜葵はぱっと目を輝かせた。

満足げに微笑む瑜葵に対し、信玄達は深く溜息をついた。
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