皇帝の代替わり

わあわあと、泣いている子供がいた。

まだ六歳くらいの、綺麗な髪に、整った目鼻立ちの女の子だ。
傍らでは、その女の子よりさらに幼い女の子二人が泣いていた。

「ふぇぇええ、ええっ、う〜っ!」


ジャングル近くの、子供達の遊び場で泣いているものだから、回りの子供達は気になって遊べない。

だが、女の子達は、慰め欲しさに泣いている訳ではない。泣けば、必ず世話役が現れるから、泣いているのだ。


「どうして泣いているのですか。ハンコック、サンダーソニア、マリーゴールド」


柔らかい、包み込むような優しい声音がして、三人の側に一人の少女が来た。
まだあどけなさを残しながらも、その美貌は完璧に整っている。

少女は、服が土埃に汚れるのも構わず、子供達と目線を合わせるように膝をついた。


「どうして泣いているのか、ほら、わけを話してくださいな。何があったのです?」
「マリーが、マリーが悪いの!」
「どうしてマリーが悪いのです、ハンコック?」

咽び泣きながら、ハンコックは言葉を紡いだ。

「マリーが悪いの!わらわは今日のおやつはアイスクリームがいい、でも、マリーは、ケーキが食べたいって!!」
「あねさまのわがまま!」
「うるさい!」

マリーに殴り掛かろうとしたハンコックを、世話役は優しく手で押し止めた。
ハンコックは回りの子供達の手に負えないくらい暴れ回るのに、世話役はいつも簡単に止めてしまう。
だから、その世話役は子供達には大人気だった。


「落ち着きなさいな、二人共。サンダーソニアはどうして泣いているのです?」
「あねさまと、マリーが、けんか、するから」
「違うでしょう、サンダーソニア?おやつに食べたいものがあるのだけれど、言わせて貰えないから、泣いているのでしょう」

ふわりと微笑む世話役に、サンダーソニアは怖ず怖ずと頷いた。

「サンダーソニアは、何がいいのです?」
「…アップルパイ、食べたい……」
「違う、アイスクリームーッ!」
「やだやだ、ケーキ!」

地団駄踏んで叫ぶ二人の頭を撫でて、世話役は微笑んだ。

「仕方のない子供達ですね。今日だけ、皆作ってあげます」
「「「?」」」

「アイスクリームとアップルパイとケーキをおやつに作ります。だから、三人共、きちんと仲直りするのですよ」

ぱっと嬉しそうに笑った三人は、互いに謝り、仲直りに、もう喧嘩しない、と指切りげんまんした。
おやつの時間になると、三人共、他のおやつが食べたくなって取り合いし、暴れ出すから、指切りにあまり意味はない。

だけども、指切りげんまんする。
そうすると、世話役に、一人が肩車を、二人が腕に抱っこしてもらえるからだ。

三人は、その世話役が好きだった。
地獄に堕ちても側にいてくれる世話役が、ずっとずっと好きだった。





硝子の割れる音がして、その部屋はやっと静かになった。
壊せるものは粗方粉々になって床に打ち捨てられ、ただその部屋に残っているのはベットのみ。


「………」
「………」
「何故!何故、ステラは来ぬ!」

喚き立て、黒髪を振り乱し、ベットの上に座る少女は、枕を投げた。
大きな音をたてて、枕は壁にぶつかる。


「姉様……」
「何故!ステラは、わらわの側仕えじゃ、わらわの世話役じゃ!何故戻らぬ!わらわの側におるのが、務めであろう!?」

苛立たしげに、その少女はシーツを引き裂いた。びりびりと音をたてて破られ、それは床に舞い降りる。


「いい加減にせニュか、ハンコック」
「黙れ!そなたなぞ呼んでおらぬ!」
「黙るニョはお主じゃ。マリーゴールドとサンダーソニアが怯えておろうて」


ニョン婆の宥めるような声にも、ハンコックは耳を貸さない。
ニョン婆同様、部屋の隅に座るマリーゴールドとサンダーソニアも、余りの暴れように何も出来ないでいる。


「ステラは、わらわの世話役じゃ……!」
「暴れても、ステラは帰って来ニュ。ステラは、帰る意志も会う意志もないと、手紙に認ておろう」

「うるさい裏切り者!何故、意地でもステラを連れて来なかった……!ステラはどこに居るのじゃ!」

路頭に迷っていた三人に声を掛けたのは、ステラではなく、ステラによって遣わされた、先々代皇帝・グロリオーサ。

ニョンと親しまれていたグロリオーサは老いて、ニョン様とステラに呼ばれていたという。

「……今日帰ってきた船の者に貰った新聞には、手配書が入っておったの」

ニョン婆が差し出すと、もぎ取るようにハンコックは奪い取った。


「『白ひげ海賊団副船長、ステラ。Never ingured。賞金三億六千万』……白ひげ海賊団?」
「四皇の一角じゃ」

「何故ステラがそんなところに居る!ニョン婆貴様、知っているのであろう?!」
「……知っておるとも。じゃが、言わん。ハンコックよ、そなたは九蛇の皇帝じゃ。こんな風に暴れても、ステラは帰らニュ」

ハンコックにぎろりと睨まれても、ニョン婆は全く動じない。


「先代皇帝の喪もあけて、早二週間。いい加減船を出さねば物資が足らなくなろうて。そなたが海賊船を率いなければ、九蛇は貧しくなるばかりニョ。ステラステラと餓鬼のように暴れる暇があるなら、九蛇の未来を慮らんか」


ハンコック達が帰って来たとき、先代皇帝は床に伏して半年がたっていた。
現皇帝は、ステラの手紙を見て、ハンコック達を迎えいれ、裏切り者のニョン婆すら許した。

そして、次期皇帝にハンコックを指名し、程なく死んだ。

そして喪があけると、ハンコックは皇帝に着任した。だが、ハンコックは島はおろか、部屋からも出ない。


「姉様……落ち着い」
「そうじゃ……!わらわが迎えに行けばよいのじゃ」
「「「え?」」」
「そうじゃ、わらわが迎えに行けば、ステラも帰って来る筈。皇帝ゆえ、船の先行きもわらわの自由!」


思い付きに目を輝かせながら、ハンコックは上機嫌で言った。


「姉様……!」
「……白ひげ海賊団の位置もわからニュのに……」
「まあまあニョン婆、姉様の機嫌が良くなったのだし、いいんじゃない」


九蛇の船を出せるのは、九蛇の皇帝のみ。
だからといって、裏切り者を迎えに行くことを、果たしてステラは許すだろうか。

だが、一度決めたら梃子でも動かないのがハンコックで、妹達は止めない。
止められるのは、恐らく、ステラという世話役だけだからだ。


「そうと決まれば、皆を集めよ!わらわは船を出す!」


(淋しい)(そなたが甘やかしてくれねば)(わらわは、怖くて怖くてかなわぬ)
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