話し合えど譲らない

白ひげに許可を得て、ステラは、二人きりで話す為に、ジンベエと自室に戻った。

ただ、ステラは気付いていないが、扉にへばり付くヤモリは居る。
ステラが心配で、ついつい盗み聞きしてしまうという、白ひげ海賊団のクルーやナースという、ヤモリが。



「ジンベエ、どうしてその名前を使っているのですか。私が、暫定的に呼ぶためにつけたあだ名でしょう」
「恩人に付けられた名前じゃからな……とても大事な名前じゃ」

「……私は、恩人などと、呼ばれてよい身ではありませんよ。ジンベエ」


ジンベエが、納得しかねたように顔を険しくする。それを見て、ステラは、ジンベエに諭すように話しかけた。


「ジンベエ、もう私を庇ってはいけません。私と彼等の隔絶は、何れ、時間が解決すること。今波立ててはいけません」

「しかし、ステラさま。ステラさまは、人に優しすぎる。あまり無理を重ね続けるのは、良くないのではないか……」

「………私が優しいのは、白ひげ海賊団に刃を向けない方々のみです。貴方達が白ひげ海賊団に刃を向けるなら、私は貴方達を皆殺しにするでしょう」


そんな事を言うが、いつもの微笑みでなく、真剣な顔をするものだから、やはりステラは優しいのだ。――覚悟し、真剣にならなければ、刃を振るうことが出来ないのだから。

だがそれは、覚悟さえすれば、誰でも切り捨てられるという事でもある。

それに気付きながら、それでも、ジンベエはステラを優しいと思う。


「ステラさま、あの時はほんにありがとうございます。助けてくれなんだら、わしは、今此処におりません。ほんとうに、ありがとうございます」

「……貴方と再び見えることができて、嬉しいです。ジンベエ」

「じゃから、わしはステラさまを庇うことは止めませ」
「駄目です」


にっこりと微笑みながら、しかしきっぱりとステラは駄目だしする。

ジンベエも譲らない。ステラも譲らない。
白ひげ海賊団の、ステラの部屋には、妙な緊張感が漂っていた。


「ステラさま。わしは、ステラさまが理解されないままでいいと言うのが、口惜しいのじゃ」

「理解なら、もう十分頂きました。エドワードさまと、白ひげ海賊団のクルーが私を理解し、受け入れてくださったのです。私は、それ以上を望みません」

「……ステラさまは、無欲すぎる。たまには、欲を……願望を持ったらどうかのう」

「私は十分、欲張りですよ。わがままばかり、言っています」


ステラは、ふわりと微笑み、手に持っていたグラスを置いた。中の果実のジュースが、ゆらゆらと揺れる。

二人とも、静かな語調で主張しあうため、討議といえど激しさはない。

しかし、伊達に副船長をしていない二人の会話による攻防戦ゆえに、静かなのに薄暗い雰囲気がある。

たちの悪いことに、どちらも譲らないから、意見と主張は堂々巡りになって終わらない。


「ジンベエ。貴方は、副船長として、自分の船を優先しなくてはいけません。例え親しい船の副船長だからといって、私を優先してはいけないのです」
「ですが……」

「ジンベエ。貴方の思いは嬉しいです。貴方が私を理解してくれたことは、本当に、とても嬉しいのです。でも、貴方は、………魚人海賊団の、副船長、なのですよ」


その身に負った、副船長の名の重みを忘れるなと。ステラは、訴えた。
そう言われては譲ると言えず、俯いたジンベエに、ステラは苦笑が零れた。

ジンベエは優しく、一本気があるから、理不尽なこと、不当な事が許せないのだ。
その心根は、ステラにとって、酷く好ましいもの。だから、本当は、駄目だしなどはしたくない。
だが、駄目だししなくてはならないから、ステラは、代わりにもならない事だが、ほんの少し譲る。


「今度」
「え?」
「今度、私が逃がした方達に会ったなら、伝えてくれますか。私が、白ひげ海賊団で副船長をしていること。エドワードさまに心を救われて、今、心の底から幸せに微笑んでいることを」


「ステラ、さま……!」
「そうして、また会った時には、彼等の話を聞かせてくださいね。私は、それで十分です」


潤んだ目を乱暴に擦り、ジンベエは、なんとか頷いた。
ステラは仄に苦笑しながら、ジンベエにハンカチを差し出す。


「そう泣いていては駄目ですよ、貴方は魚人海賊団の副船長でしょう?」
「ステラさまは、本当に、できたお方じゃ。おやじさんが惚れたのも、わかる。本当に、わしはまだまだじゃ」
「私も、まだ至らない事ばかりです。青雉に負け、怪我をし、エドワードさまにはよく泣き付きますし……私も、副船長としてまだまだです」
「それは無いんじゃないかのぅ。よく慕われとるようじゃし……」


扉の外からは、感涙だろう、咽ぶ声が聞こえる。ステラは気付いていないようだが。
ジンベエの言葉に、ステラは、嬉しそうに微笑んだ。そうなら、とても幸せだと、微笑んだ。


「ステラさま。わしは一度、船に戻ります。また、来てもよいですかのぅ」
「勿論です。いつでも、いらしてくださいね」

ジンベエ達が部屋を出ようとすると、盗み聞きしていたクルー達が逃げていく。扉をあけると、妙に誰もいない。
ステラは気にせず、ジンベエと共に甲板に向かった。

甲板にいた白ひげを見るや、ステラはその膝元に寄る。


「どうだ?ジンベエは納得したか?」
「いいえ、堂々巡りでした」
「グララララ、そうだろうなぁ」

ステラは少し拗ねてみせたものの、頭を撫でられて、微笑みが自ずと浮かぶのを止められない。


「おやじさん、また来てもよいですかの」
「グララララ、当たり前だろうが。野郎共!上手い酒持って来な、宴だ!」


(気付いていないだろう、ジンベエ)(おめぇの言葉に、ステラがどれだけ救われたか)(でなきゃ、散々罵倒された後で、笑える筈がねぇ)
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