クルー達も賛成派

目を覚まして、ステラは、自ずと微笑みを浮かべた。初めてモビー・ディック号で見たのと同じ、木の天井が懐かしく感じられたからだ。


「ステラ、ちゃん」


タバサが、傍らに居たことも、同じ。
違うのは、タバサが泣きそうな顔をしていること。


「タバサさま。私が眠ってから、どれほど経ったのでしょう」
「まだ、一晩経っただけよ。ステラちゃん、ごめんね。私、戦えなくて……!」
「?」

ステラには、どうしてタバサが謝るのかわからない。タバサを含むナース達が逃げたことは、あの場に適した判断だった筈だ。


「タバサさま。どうして、謝るのですか……?タバサさまも、戦っています。私が受けた傷を治療しているのも、"戦い"の延長です。貴女は、治療によって戦いに参加しているのに、……どうして、謝るのです」


タバサがぶんぶんと横に首を振ると、ステラは微笑んだ。
そして、右腕で体を支えながら起きる。
左腕は、ギプスでがちがちに固められていた。


「タバサさま。治療してくださって、ありがとうございます」
「ステラ、ちゃん」

儚げに微笑むステラは、もういつもと変わらない。
あれほどの覇気や能力を秘めながら、ステラには、前のようなか弱い雰囲気があって。あの時見せた意志の強さも、今は、その優しい瞳の奥に仕舞われていた。


「エドワードさまに御礼を申し上げたいのですが、今、どちらにいらっしゃるのでしょう……」
「……甲板よ。多分、隊長達もね」


二の句に白ひげが出るステラに、タバサは笑いが込み上げた。
どんな力を発揮しようと、ステラはステラで、何一つ変わらないようだ。


ステラが白ひげに抱かれて帰って来たとき、余りのぼろぼろな姿に、クルーは愕然とした。

丹念に梳ずられていた髪は乱れ、透き通るような珠の肌は煤に汚れ、服は破れたり汚れたりしていた。
傷からは血が滴り、折れた左腕は見るも痛々しい内出血を起こしていた。


奪うようにして白ひげからステラを取り上げ、ナース達は直ぐさま治療にかかった。

左腕が損傷として最も酷く、レントゲンは惨惨たる状態を写し出した。

ステラに睡眠薬を嗅がせたのちに、明け方まで骨の接続を丹念に合わせギプスを嵌め続けた為に、ナース達は疲労で伏し、今は死んだように眠っている。


「皆、ステラちゃんは大丈夫なのか聞きに来て、凄く邪魔だったから、たたき出したの。今頃、甲板で落ち着かなそうにしてるわよ、きっと」

「そう、ですか……」


ふらふらしがら、ステラは立ち上がる。直ぐさま足の筋肉が悲鳴を上げたが、ステラは気にしないで歩き出す。

タバサもついていきたかったが、眠いのを堪えて起きていた為、疲労の限界だった。


「ステラちゃん、すぐに帰って来るのよ、怪我人なんだから」
「はい。タバサさま」





ステラは、体が重く、体中のあちこちが痛く、遅々として歩が進まない。そのため、普段ならすぐのはずの、甲板までの道程が長く感じられた。
漸く甲板への扉を開くと、太陽の眩しさに目眩がした。

甲板に出ると、回りの目線がステラに集まる。皆一様にして、心配そうだ。


「ステラ、起きて大丈夫なのかい」
「おはようございます、マルコさま。もう大丈夫ですよ」

ステラが微笑むと、マルコは見るからに安心したように表情を緩ませた。
それは、その傍らのサッチやジョズも同じで、ビスタに至ってはステラの両手をとって泣いたほどだ。


「ビスタさま、どうぞ泣かないでくださいな。私は大丈夫ですから」
「俺は、残って戦う、べきだったんだ。あんな、大怪我で、大丈夫な筈あるかっ」

「いいえ。ビスタさま達は、ナースの皆様を無事に守り通したでしょう。私は、私の無事より、白ひげのクルーの無事が喜ばしいのです。どうか、そのように後悔しないでください」


ステラの優しい微笑みに、ビスタは目を擦って泣き止む。ステラの副船長としての器を、改めて見た気がして、泣くのは失礼な気がしたからだ。

「エドワードさまの命令で、私は髪一筋も傷付けられないように気をつけることにしました。だから、私も、もう怪我はしません」
「いや、幾らオヤジの命令ったって、そりゃ無理だろ」



「いいえ。エドワードさまが望むなら、私はそれを叶える為に努力します。努力で為せない事など無いのですから、私はもう怪我などしないのです」


何だその理屈は、と思えるが、ステラの白ひげに対する深い愛情なら、可能にしてしまうだろう。

可能性を否定できない自分に気付き、クルー達は、恋というものの凄さを見た気がした。いや、見た。気がしたなんて曖昧なものではない。

白ひげのほうに向かうステラの背を見ながら、クルー達は苦笑した。
胸に支えていた不安は、すっと溶けるようにして消えた。そして、クルー達は、初めて今日は快晴なのだと、気が付いた。



ステラが白ひげの前に下りると、白ひげは相好を崩した。

「エドワードさま」
「ステラか。怪我の調子はどうだ?」


ふわりと微笑み、ステラは白ひげの足元に寄る。白ひげは、ステラは抱き上げて膝に座らせた。

ステラの体からは消毒液と血止めの薬の匂いがして、決してすぐに治る傷でないのがわかる。


「怪我は、痛いです。でも、耐えられるうちは、まだ大丈夫です」
「グララララ、馬鹿が。辛いなら、辛いと言えと言ったろうが」
「……辛いです。左腕が、特に。でも、今は、少しだけですけど、辛くないように思われるのです」


白ひげはグラグラ笑いながら、ステラの頭を撫でる。
ステラは嬉しそうに頬を染め、髪を梳くようにして撫で続ける手に、恍惚として目を細めた。


「ステラ。魚人海賊団のことなんだがなぁ、フィッシャー・タイガーは大怪我を負ったらしい。今暫くは、俺達の保護下に魚人海賊団をおく」
「フィッシャーさまが、大怪我……!?やはり、海軍が……」

「あぁ。政府にとっちゃあ、見過ごせねぇだろうな。暫く、魚人海賊団と道行を共にするが、構わねぇか」
「もちろんです。何か、私に出来る事はありますか?」
「ステラは、俺の側に居ろ」


ステラは、頷いた。ステラも白ひげの側に居たいので、願ってもない命令だ。

嬉しそうに微笑むステラを見、白ひげはその頬に手を滑らせる。珠の肌は触り心地が良い。
ステラはその手に擦り寄り、右手を添える。ステラの胸は至福に満ちて、安心と、幼心があらわれる。


「エドワードさま。わがままを、言ってもいいでしょうか」
「ああ……。言え」
「刺墨を、入れたいのです」


ステラの口から出た言葉に、甲板中のクルーが振り返った。
てっきり、宝石やドレスをねだるものだと思っていただけに、ステラのわがままは予想外だった。


「この忌まわしい烙印を潰して、白ひげ海賊団の刺墨を入れたいのです。私は女で、刺墨を入れるのはよくないと、わかっています。ですが、……私は、白ひげ海賊団の副船長として、ありたいのです」
「……」
「駄目、ですか……?」
「……グララララッ、どこがわがままだ?ステラ」

白ひげが大声で笑うと、クルー達も吹き出し、甲板は騒がしくなる。


「刺墨入れたいなんざ、わがままの内に入らねぇな。俺ぁ、宝石でもねだるのかと思ったぜ」
「……?宝石など、要りません」
「グララララ、結婚指輪だとしてもか?」
「け、結婚……っ!」

結婚と聞いて真っ赤になるステラを見、白ひげはにやりと笑い、ステラを腕に抱きしめる。

ステラは小さく悲鳴をあげ、潤んだ目で白ひげを見上げた。


「わ、私、そんな、心の準備が」
「グララララ、準備なんか要らねぇな。俺に全部委ねろ。心配しねぇでも、おめぇの存在まるごと、俺のもんにしてやらぁ!」



「刺墨を入れるのは構わねぇが、女の彫り師を探さねぇとなぁ」
「?船医さまが、刺墨を入れられると聞いたのですが……」
「何言ってやがる。俺以外の男に触れさせる気か?」
「え……い、いいえ、そのようなつもりはなくて、その、」

白ひげの機嫌が悪くなったのを感じ、ステラはおろおろと視線をさ迷わせる。
と、そこにマルコが来た。

「オヤジ、女彫り師の情報をざっと集めてきたよい。次の島に二人ばかり居るようだい」
「グララララ……!でかした、マルコ」
「あと、結婚指輪の細工なんだが……」
「!!」
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