白ひげの怒り

「エドワード……まさか、"白ひげ"か?」
「ええ、そのまさか」


ばりばりばり、と放電が強く爆ぜて、空に高く伸び上がる。


「"寵姫"ステラが、白ひげ海賊団に入ったのか……めんどくさいなぁ」
「私は白ひげ海賊団の副船長。そんなあだ名を、私の名前の前につけないで!」



す、と伸ばされたステラの左腕に、高密度の電気が纏わり付く。

この一撃が、ステラの限度だ。

炎、体術、雷と、慣れない『実現』の連続を重ねて、ステラの想像力は限界だ。
体力的にも劣り、あちこちに怪我も負った。
今左腕に寄せた電流は強く、恐らくステラ自身も、高圧に耐え切れないだろう。
右腕ではなく、折れた左腕に寄せたのも、右腕を駄目にしないためだ。



「雷!」
「アイス塊両棘矛!」


電気が凄まじい奔流となって、青雉に向かう。氷の矛は、触れた瞬間高密度のエネルギーに溶かされた。
青雉は咄嗟に伏せて避けるが、アイマスクは電気に焼き切られた。


「危ねぇな……」


ドサリ、とステラが地面に倒れた。左腕は殆ど粉々に骨が砕け、妙に捩れている。


「おいおい、無傷でって言われてんのに……」


青雉がステラに向かって踏み出した瞬間、凄まじい振動が青雉目掛けて走った。

直撃を避けようと飛びのいた青雉は、眼前に迫った白ひげの拳に反応が遅れた。
空を殴って放たれた振動を受け、青雉は粉々の氷になる。


「ぐっ……白ひげ、か……」
「グララララ……てめぇ、俺の女に手ぇ出して、ただで済むと思ってねぇよなぁ?」


氷のまま再生し始めた青雉に、白ひげは薙刀を振り下ろした。
薙刀を避け、青雉は距離をとる。
反撃に氷の弾を投げるが、振動に叩き壊された。

青雉の、劣勢だ。
ステラに食らわされた攻撃も、軽傷ではあるもののそれなりにはある。
不利を悟って踵を返そうとした瞬間、電伝虫が鳴った。


「もしもし?」
「たっ、大将、艦隊が!白ひげ海賊団の襲撃で……ぎぁぁっ」

白ひげを見れば、凄絶な笑みを浮かべている。青雉は、やれやれと呟き、電伝虫の通信を切った。


「グララララ……死ぬか、とっととこの島から失せるかしやがれ」
「んー……じゃあ、一旦帰ったほうが良さそうだし、帰るとするか」


覇気を帯びた刀が薙ぎ払われ、町並がバキバキと壊される。
崩されていく瓦礫が、凍り付いて固まる。粉塵も、冷気に凍り付き、地面を這うように広がる氷に落ちた。


「氷河時代!」
「ガキが」

白ひげが空中を殴ると、ヒビが入り、地震が地面ごと氷を砕く。
巻き上がる粉塵と氷片に塞がれた視界の中、青雉は戦線を離脱した。


「野郎共!海軍を一掃しろ!」
「うぉぉお!!」


息子達が海軍を追うなか、白ひげは倒れたステラのもとに向かう。
ステラは、見るも痛々しい姿になっていた。
出掛ける時は真っ白だった服は、破れ、血に汚れ、また、白肌のあちこちに小さい傷がある。
流れる川のような、さらさらの髪は乱れ、ほつれ、凝固した血がついている。


「ステラ」
「……エド、ワードさま……」


白ひげは、ステラのそばに片膝をついて呼びかけた。
激しい痛みで辛いのに、ステラは微かに微笑み、上半身を起こした。


「馬鹿が……一人で戦うんじゃねぇ」
「ごめ…、なさ…い…」


白ひげは、ステラにコートを被せ、抱き上げた。抱き上げて、このか細い体が戦えたのかと――戦えるものかと、嘆息した。

溜息を聞いて、ステラは震えた。
白ひげに失望されたのだと思い、不安と恐怖が込み上げる。


「ごめん、なさい。私っ……大将に、敵わなくて……、貴方の、名前にっ……」
「あぁ?」


白ひげが、何を言い出すのかと見れば、ステラは、はらはらと涙を流していた。
そして、震えながら、鳴咽まじりに、白ひげに答える。


「私が、負けたから……、エドワードさま、怒って……失望、して、呆れ、て。ため息、ついたのでしょう。ごめん、なさい……っ」
「何を言ってやがる」


白ひげが涙を拭ってやろうと頬に触れれば、ステラはびくっと震えて身を縮めた。


「俺が怒ってるのは、おめぇが言い付けを守らなかったからだ。髪一筋だって傷付けられんじゃねぇ、海軍には近付くんじゃねぇ、日没までに帰れ。何一つ守れてねぇじゃねぇか」

船に向かう影が、長い。もう太陽が沈もうとしている。

「ステラ。……大将と戦ってると聞いて、俺がどれだけ心配したと思う。おめぇが、海軍に捕まるなんざ、冗談じゃねぇ」


怪我に響かない程度に力を強め、ステラを抱きしめる。血の臭いの中に、かすかにステラの香りがした。

白ひげは、小さく震える存在が腕の中にある事に安心した。抱き上げるまで、心臓が冷え切ったのではないかと思う程に、不安で不安でならなかった。

もう二度と、ステラの血濡れた姿、地に伏せる姿は、見たくない。
見るくらいなら、白ひげは、ステラを鎖に繋いででもモビーに留めたいと願った。例えそれが、……ステラの嫌がる、束縛であっても。


「エドワード、さま……」
「もう、心配かけさせんじゃねぇ」
「はい……」
「暫く外出禁止だ」
「はい…」
「能力も使うな。次に使ったら、海楼石の腕輪でも付けるぞ」
「……はい……」
「それから、……もう、俺の傍を離れるな。『三つ』の二つ目だ」
「!はい……!」


心配してくれたのだと知って、ステラは、嬉しくてならない。
白ひげに失望されたのではと思い凍り付いた心は、温かな労りと、確かな愛情に溶かされる。


不安と緊張から解き放たれ、全身の力が抜けたステラは、どっと身にのしかかる疲労と、瞼の重みを感じた。

白ひげのコートは温かくて、氷との戦いで冷えた体には心地よい。その心地よさに眠気を誘われて、ステラは白ひげに身を寄せた。


「エドワードさま。私は、まだ、白ひげ海賊団の副船長、ですか……?」
「……当たり前だろうが。おめぇ以外に、誰がいる」
「……私、もっと、強くなります。怪我をしないくらいに、強く……副船長だと、誇れるくらいに……」


うとうとしながらそういうと、白ひげが笑ったのを感じた。
機嫌が直ったみたい、と思ったのを最後に、ステラは、意識を手放した。



(氷などは比べものにならないくらいの、温かさ)(天竜人などは比べものにならないくらいの、優しさ)(その中で、目を閉じる事の、なんと幸せなことか)

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