海軍大将 青雉

ステラの背後に立った男を、知らない者はいない。

ナース達は硬直し、恐怖に目を見開く。
店の中が、その異様な雰囲気に静まりかえる。

「"寵姫ステラ"だな?」
「「「?!」」」
「あら」


驚くナース達と違い、ステラはくすくす、と笑う。ベールを外したステラの顔は、ナース達が一度も見た事がない、冷たい微笑を浮かべていた。


「懐かしい仇名を聞きましたわ。何の用ですの、役立たずな海軍の、青雉」

ひやりと冷たい声音。

ナース達がかつてステラから受けた拒絶は、ナース達の心を気遣かってか、弱く、優しかった。
しかし、今のステラの、青雉に対する姿勢は拒絶ではない。隔絶と、冷たく、憎悪の色すら感じさせる、怒り。
肌をさすようなその怒りに、ナース達は初めて――ステラが怖いと思った。


「何の用って、決まってるでしょうが」
「さあ……、言ってくださらないと、私はわかりませんわ」

「ステラを連れ戻すように言われてる。センゴクさんからね。海軍の三分の一は動員されてるよ」
「そう。では、伝言を頼めるかしら?『寵姫は死んだ。解けた鎖には、二度も繋がれはしない』と……」


ナース達に、手で立つよう促す。
が、青雉の手がステラの腕を掴む。


「困るんだよねぇ、そう言う態度をされちゃ。天竜人からの通達だから」
「触らないで」


ステラは、振り払った訳ではない。だが、青雉の手は弾かれるように、ステラの腕から離れた。


「覇気か」
「ええ。私の邪魔をしないで。一般人を気絶させたくはないのです」
「戻る意志はないのか?」
「愚問」


青雉は、溜息をついて頭をがりがり掻く。
そして、面倒といいながら、青雉は手近なナースの首を掴んだ。


「なっ?!」
「どういうつもりです。シンシアさまを離しなさい」
「ステラが一緒に来ないなら、凍らせる。どうす」


青雉の言葉を遮るように、炎が走った。
炎はシンシアを焼くことなく、その肌より僅かを駆けて青雉に襲い掛かった。


反射的に飛びのいた青雉の前に、ステラはナース達を庇うようにして立った。


「私の大切な仲間に、手を出さないでください。穏便に事を済ませたかったのですよ?私は」
「……メラメラの実でも食ったのか?」

「いいえ?私が何の実を食べたかくらい、あの男から聞いてるでしょうに」
「写真以外、一切教えて貰ってないねぇ。"海軍の奴がステラに惚れらるから"だってよ」


ステラの体を、炎が包む。
炎はステラを焼かず、喫茶店にも引火していない。燻る様子もなく煙もないが、頬をうつ熱気は幻覚ではない。

店内が騒ぎに満ち、客がばたばた逃げていく。
ビスタが駆けてきたのを見たステラは、少しだけ炎を緩めた。


「ビスタ。タバサさま達を、船まで連れていきなさい」
「し、しかし……」
「ビスタ。早く」


ぴしりと鞭打つような声音に、普段の優しさはない。びりびり放たれる覇気も、凄絶で、白ひげにひけをとらない程に強い。
紛れも無い、"覇王色"だ。


町の住民がばたばた倒れていく。
ビスタはナース達の顔も青い事に気付いた――覇気にあてられているのだ。


「おい、行くぞ。歩けるか?」
「ビ、ビスタ隊長、ステラちゃんを」
「ステラちゃんが、青雉に……っ」
「マルコ達を援軍に呼ぶ。だから、今は、ステラの足手まといになるな」


ビスタにせかされ、ナース達は走り出した。ステラを振り返ると、ステラはいつもの微笑みで手を降っていた。


「さて、……青雉。私の伝言を伝えてくださいますか?それとも、力ずくで私を連れ戻しますか?」

「………力ずく、かな」
        
「残念です、青雉。……貴方は私を倒せないのに」


炎と氷が激突し、凄まじい爆発を起こした。




「フィッシャー・タイガーが、大怪我?」
「倒しても倒しても海軍が沸いて出て来るんでの……」

魚人海賊団から白ひげに来たのは、フィッシャー・タイガーではなく、ジンベエと部下数名だった。


「部下を守って負った傷で、まだ立ち上がれない。無礼とは思うが、許してくれ」

「グララララ、それは無礼なんかじゃねぇな。良い船長だなぁ、この白ひげを盾にするたぁよ……」
「すみません、オヤジさん」

船長たるフィッシャー・タイガーが傷を負い、船員を指揮できない事態に陥った。
今はジンベエが指揮しているが、次から次へと現れる海軍に、為す術もない。

だから、魚人海賊団は、一時的とは言え、白ひげの保護下に入りに来たのだ。
白ひげには海軍は迂闊に手は出せないから、逃げ込めば一先ず難を逃れられる。

白ひげの懐の広さは、魚人島の宣言の時に知っている。例え利用する形となっていても、追い払いはしないだろう。
仲間を守る為にジンベエに打てた手は、これくらいしかなかった。

それが無礼とは重々承知で来たジンベエ達を、白ひげは笑って許してくれた。
ジンベエには、何よりそれがありがたく感じられた。


「本当に、オヤジさんには頭が上がらんの……」
「気にすんな。困った時はお互い様だろうが。野郎共、宴の準……」


ドガァアアン……と、地鳴りと爆音が響く。
白ひげもジンベエ達も、驚いて陸を見た。
五番隊隊長ビスタと、ナース達が転ぶように船に向かって駆けて来た。


「オヤジ!!」
「どうした、ビスタ」
「ステラが、青雉とやり合ってる!」
「何……?」


ざわり、白ひげのクルーがざわめく。
ビスタとナース達は、息も絶え絶えで、顔色も真っ青だ。


「オヤジ、俺とジョズが行くよい」
「馬鹿を言ってんな、マルコ。大事な女を助けに行かねぇ程、俺ぁ情けねぇ男じゃねぇ……俺が行く」

薙刀を手に、白ひげが立ち上がる。
既に、凄まじい怒りが覇気として立ち上っている。
畳み掛けるように強い覇気を受け、ナース達は耐え切れず気絶した。


「でも、魚人海賊団の事もあるし、」
「グララララ……息子共、あそこの海軍の奴らを片しとけ」


白ひげがさした方には、太陽を背に海軍艦隊が並んでいる。魚人海賊団を追って来たのだ。
日が傾き、水平線に半分食われている。
日没までにと言い付けた筈だ。


「良い度胸してんじゃねぇか、海軍が!」



モビーを降りて、白ひげは悠々と爆音が繰り返し響く場所に向かっていく。
その後を、十番隊以下が意気揚々と付いていく。

がくっと頭を垂れたマルコの肩を、嫌味なくらい笑顔なサッチが叩く。


「マルコさん、ステラというのは……」
「あー、……ジンベエ、話は後だよい」

ごぉ、と唸りをあげて、マルコが青白い炎に包まれる。
白ひげのクルーから歓声があがる。


「出た!不死鳥マルコだーっ」
「うぉ、本気じゃねぇかマルコ!」

「うるせぇよい。ステラに手ぇ出す海軍が悪ィんだ」
「違いない」

「おら野郎共、行くぞー!海軍艦隊をぶっつぶせぇえ!」


サッチの掛け声に、男達が吠える。
武器を手に手に騒ぐ白ひげ海賊団に、魚人海賊団のクルーは唖然とした。


(手ぇ出す奴あ許さねぇ!)
prev Index next
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -