澪標

「……ん……」


ステラは、朝、目を覚まし。
まだ覚醒せぬ頭で、ベットの温かいのを感じた。

何故だろう、と思った。昨日までは、寒さに少し肌を震わせたというのに。
頭を乗せた枕は、固くて、でも、無機質な感じはしない――何故だろう。

昨日の記憶を手繰りよせ、――ステラは、ばっと身を起こした。

ステラが寝ていたのは、与えられた部屋のベットではなかった。
規格外に大きい、ベット。そして、身を起こしたステラがベットについた手の、すぐ傍らには、筋肉質な上半身が映る。そのまま目を手元から、ベットヘッドに向けた。


「し、ろ、ひげ、さま?」


脳内が真っ白になるとは、このような状況かと、ステラは衝撃から離脱した心の一部で感心した。
何故、白ひげと同じベットに居るのか。
慌てて身なりをぱたぱた触ってみるが、衣服に乱れはなく、心身に異常なし。


ひらりと揺れた袖からも酒の匂いがして、ステラは頭を抱えたくなった。昨晩の記憶が、途中までしかない。

酒の匂いがつんと香るが、白ひげはいつも酒を飲んでいるのだし、珍しくもなく、何等問題ではない。
問題ではない筈なのだが、ステラの吐息にも、酒の匂いが微かに入っている。

白ひげの前で酒を飲み、しかも(おそらく)泥酔して、ベットを独占したに違いない。よもや、白ひげ海賊団にて酒を口にしようとする日が来ようとは。

「……泥酔したので、しょうか……?」


ステラは、少し嬉しそうにそう言って。でも、恥ずかしさに頬を赤くしながら、そっとベットから下りようとした。

―――が。


「どこに行くつもりだぁ?こんな夜更けに……」
「ひゃ!」

突然伸ばされた、がっしりとした腕に捕まって、ステラはか弱い悲鳴を零した。


「し、白ひげ、さまっ」
「グララララ……まだ早ぇだろうが」
「でで、でも、わ、私、そのっ、何と言いますか、嫁入り前の子女がこのように居るのはよ、よくないように……」

真っ赤になって、何とか逃れようとするも、力には敵わず、再び横になった白ひげ共々布団に戻らされる。

「ああ、あのっ、白ひげさま」
「ステラ。俺ぁ、そんな他人行儀な呼び方はされたくねぇっつった筈だがな」


はっとしてステラが口を押さえる。が、既に言ってしまった言葉は戻らない。


「あ……ごめん、なさい」
「駄目だ。許してやらねぇ」


ぎゅうと抱き込まれながら、ステラは白ひげが冗談で言っているのではない事に気付いた。


「罰として、三つ言うことを聞け」
「三つ、ですか?それは、どのような」
「グララララ、これから決めるに決まってんだろうが。覚悟しとけ」

腕を解かないままに、また白ひげは眠り出す。
心臓の落ち着かなく打つなかで、ステラは、三つの、絶対の命令に考えを巡らし、朝を迎えるのであった。





「し……エ、エドワードさま。あの……」
「グララララ……何だ?」
「そ、そのっ、恥ずかしいのですが……」


ステラは、白ひげの腕に座るように抱き上げられて、食堂に向かっていた。
後を、ナースが追っ立てながらクレームをわめき立てている。

「船長、ステラちゃんは私達と食事するんですーっ!」
「そうですよ、男達と一緒なんてっ」
「むさ苦しい掃きだめにステラちゃんを入れるのは反対です!」
「船長の変態ーっ」


凄い言われようだが、白ひげは全く気にしていない。

ステラは、好いた人ゆえに嫌とは言えず、赤い顔で、まごまごと視線をさ迷わせているだけ。すれ違うクルーも、魂魄をかっ飛ばしてしまったかのような顔をしていて、まさに、止めるもの何もなし。
ついに、食堂に到着した。


「オヤジ、……どうしたんだよい?」
「あぁ?何がだ、マルコ?」
「あー……ステラのとことか、ナースのとことか」
「気にすんな」


するよ!と誰しもが心の中で突っ込みを入れた。が、口に出さない賢明なる直感。
ただ、サッチは羨ましそうに見ていた――ジョズに椅子を引き倒されて、後ろに転ぶまでだが。

白ひげは、いつも座っている席につくと、ステラを膝に乗せる。

「オヤジ、それは食べにくいよい。椅子持ってくるから、膝から下ろさないかい?」
「……、確かにな」


マルコは全く遠慮なく、先程引き倒されて転び、後頭部強打で気絶したサッチの椅子を持ってきた。
サッチは今、ナース達に引きずられて船医の元に行っている(ナースは看ない)

「ありがとうございます、マルコさま」
「ん。で、ステラは何食うよい?」
「野菜や果物があれば、それらをお願いします」
「キッチン行って、貰ってくるよい」

マルコが厨房に行って、あるか聞きに行く。肉なら絶対あるが、野菜なんかあるかどうかも怪しいのが男の食卓である。

ナースがいなければ、野菜や果物なんか、恐らく、ない。
(いや、脚気を引き起こさない為にも、多少は食べるかもしれない)


「グララララ、んなもんばっか食ってたら、成長しねぇ!肉食え、肉!」
「脂ものは苦手ですから……それに、エドワードさま、私を幾つだと思ってらっしゃるんです」
「十八くらいか?」
「……数えで二十三です」


ジョズ達隊長は、ぴたっと食事の手が止まった。
二十三歳、今現在の白ひげの船においては、最年少である。
男は大半、三十路は過ぎている。ナースに関しては黙秘だ。


「ステラ、果物あったよい。……何だ、皆ボケッとして」
「いや、何でもない」
「ありがとうございます、マルコさま」


果物籠を受け取り、膝に乗せると、ステラは一つを手にとった。
そして、もう片手首をくるりと回すと、その手に青色の柄の果物ナイフが現れた。


「「「「「?」」」」」
「ステラ、今の……」

しゅるしゅると器用に皮を剥きながら、ステラは不思議そうに皆を見る。


「どうかしましたか?」
「ステラ、その果物ナイフはどっから出したんだ?」


ジョズの問いに、ステラはああ、と気付いた。ステラが己の能力を教えたのは、白ひげとマルコだけ。

マルコ以外の隊長格は、噂――カモメとの対話――くらいしか知らない。
手の中の果物をうさぎ型に切り込み、ステラの手からナイフは消えた。


「私の悪魔の実の力――私の想像を現実に作り出す、『実現』の能力です。果物ナイフを手に想像すれば、『実現』された存在は想像の精彩によって現実味を深め、現れます。私の想像の範囲でですが……」

「じゃあ、金品財貨もか?」
「可能ですが、……私の想像力が切れれば、失われます」


残念そうな顔をしたビスタに、ステラは言葉を繋げた。


「ですが、間接的な効果なら……例えば、『触れたものが金になる手を持つ私』を『実現』すれば、その『実現』している間に触れたものは全て、想像力が切れた後も、金です」

クリスタルのカップを持つステラの手が、淡い燐光を帯びる。
カップがきらきらと輝く金になり、ステラの手の燐光が消えた後も、金の輝きを有していた。

「す、……すげぇ!」
「ステラちゃん、俺のカップも金にしてくれ!」
「俺のも俺のも!」

色めき立ったクルーに、ステラが微かに怯えの色を目に滲ませる。だが、欲に目の眩んだ男は気付かない。

ステラの前にカップを突き出す新米クルーに、白ひげの拳が落ちた。

「ぎゃわっ!!」
「この馬鹿息子どもが!ステラは金生産機じゃねぇ、俺の女だ!」

きっぱりと宣言され、ステラの顔は見る間に真っ赤になった。
頬の熱さをどうにしようと手をあてるが、それで静まるはずもない。

「す、すみません」
「グララララ……丁度良い。野郎共、メシ食う手を止めろ」

息子達……クルー達が、姿勢を直して、白ひげに目を向ける。
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