届かぬ謝罪、別れる覚悟

『きっとまた会える』

会いたかった。会いたくて、頑張ろうとした。でも、私は弱くて。
白ひげを去ることすらままならなくて、探しに行けない。

ごめんなさい。薄情で。
ごめんなさい。貧弱で。
ごめんなさい。
届かないのは、わかってる。でも、その一片でも届くように、ずっと、ずっと、謝り続けるから。恨まれたっていいから。

だから、あなたは九蛇に帰って、生きて。
私と二度と会わぬように。


それがわが罪、わが贖罪。





夜、ステラは鏡の前に座っていた。
鏡の中のステラは、悲しげにステラを見つめ返す。


「どうしたニョな?」
「………私と同時に掠われた九蛇の子供達……ハンコック達が、気掛かりなのです」


ニョン婆には、ハンコック達の事も言っている。もとは、ハンコック達を探してから九蛇に帰るつもりだったのだから。


「ふむ……だが、降りれない身じゃろ?」

ステラは悲しげな光を目に宿し、精一杯微笑もうと試みる。


「彼女らは、私が救われたようには、なってないでしょう。むしろ、もっと酷い迫害にあっているやも知れません……そう思うと、辛くて……」

「……その子供は、ステラと仲が良かったニョな?」

「いいえ。私は、嫌われています。掠われてからは、彼女達の笑顔など、ただ一度も……」


ハンコックは、掠われてからずっとステラを罵っていた。
サンダーソニアも、マリーゴールドも、やがてはステラを憎み、厭うようになった。

ステラが天竜人の意のままにされる姿を見、媚びていると軽蔑し、嫌悪し、忌み嫌った。

やがてそれは奴隷全体に広まり、ステラは『天竜人に取り入った裏切り者』のレッテルを貼られた。


だけど、ステラは知っている。
その感情の裏を。
その感情を心の支えにせねば、幼い子供達には耐え切れなかったろう環境も、見ていたから、知っている。

だから、ステラはずっと憎まれ続けた。
反駁もせず、投げられる石さえステラは避けなかった。

避けなかったら避けなかったで、また嫌われたのだけど。

「……嫌われているニョに、探しに行くニョか?」

「嫌われていたとしても、私はハンコック達を九蛇に返してあげたい……ハンコック達には、幸せになって欲しいのです。九蛇の皇帝に相応しい、可愛い子供達……」


ハンコック達が赤ん坊の時、ステラは彼女らの世話役に命じられた。

病弱だからと断ろうにも、傲岸不遜な叔母は聞く耳持たず。仕方なしに引き受けた。


赤ん坊が幼児になると、目も離せなくなった。無邪気に走り回り、こけると泣く。
ステラはそのたびに、大事な、守るべき存在として、彼女らを深く抱きしめた。


だからか、この小さい存在を守るのがステラ一人になった瞬間、ステラはそれ以外の一切を捨てた。
矜持も憎しみも怒りも、自分のありとあらゆるものを不要なものとして、捨てた。

決断は、ほんの一瞬。呆気なく、躊躇いもなく、すとんと落ちるように、ステラの心はそれに至った。



「私は、……もしかしたら、もっと浅ましいのかも知れません……だから、嫌われても構いませんよ。もとより、その覚悟で天竜人に色をかけたのですし」

「ステラは、随分自虐的じゃニョ」

「いいえ。嫌われるだけの事をしたのです。人道に悖る、浅ましい婢のような事を。大切に大切に育てられ、泥沼を知らないハンコック達にとっては、とても衝撃的で。……見たくなかった私の姿だった事でしょう。私も、見せたくなんてありませんでしたし、なりたくもありませんでした」


思い出すのさえ辛くて、苦しくて。
でも、ゆらゆらとゆっくり揺れる足元が、自分がどこにいるのかを教えてくれる。
モビー・ディック号にいると思うだけで、息がしやすくなる。


「本当は、ハンコック達が、九蛇に戻れたなら、私は死のうと思ったのです。人知れず、海に還りたいと……でも、……」


死を楽と見たのは、鎖の解けた日。だけど、白ひげの言葉で、生きたいと願う心を知った。
死にたくない、なんて。
白ひげ海賊団で生きたい、なんて。


「……ステラ。お主の能力では、わしが移動したいところに移動出来るようなものは無いニョかの」
「……私が、『ニョンさまの望むところに繋がる扉』を『実現』すれば、ニョンさまが行きたい場所に辿り着けますが……」

「それは、わしがハンコック達の顔を知らんでも、行きたいと望めば可能なニョか」

「はい。望みを反映する扉ですから……でも、それは片道のみです。私が居る場所からは繋げますが、向こうから来ることはできません」


ニョン婆はふむふむ、と聞き、ステラの頭を軽くぽんぽんと叩いた。


「乗り掛かった船じゃ、わしがハンコックを九蛇に連れ戻してやるニョ。お主の扉があれば、捜す苦労も省けるしニョ」


驚いて、ステラは目を見開いた。
ニョン婆を見ると、ニョン婆は優しく笑っていて。


「九蛇の未来の皇帝を、九蛇の外においておくわけにはいかんからニョ。わしとて、九蛇の女。先行きは心配じゃ」

「ですが、ニョンさま……私の無理な願いを聞いてくださった上に、そのように重ねるのは申し訳なく存じます。私の弱音でしたら、どうぞお聞き流しになってくださいませ。返せない恩を積んでしまいます」

「なぁに、わしがしたくなったからするだけじゃ。九蛇の孫みたいなお主が心を痛めておるニョに、放っておけん。それに、老婆の生き甲斐になるかもニョ」


ニョン婆は楽しそうに笑う。
ステラは、どうしてよいのか、悲しい顔で涙を零した。
ニョン婆の小さい体を抱きしめ、声を噛み締めて泣いた。


「ほれ、泣くでない。永久の別れじゃないニョじゃから」
「ニョンさま……ニョンさま。私、何と、御礼を申したら、良いでしょう、本当に、私、……」
「礼なんぞ、いらないニョ。そのかわり、ステラ。いっこだけ、約束するニョ」


ステラは瞬き、ニョン婆を促す。


「もう、過去は忘れて、自分を貶るのはやめるニョな。そうでなかったら、わしはステラが心配で、行けんニョ」

「わかり、ました。もう、もう、言いません。だから、私は、大丈夫です、から……だから……!」

「約束じゃぞ、ステラ。絶対に破ってはならぬぞ」


こくりと頷き、母のように、自分を思ってくれるニョンのために、ステラは泣いた。



ニョン婆の事を認めた、叔母への手紙と、会う意志はないと認めた、ハンコック達一人一人への手紙を、書いた。

姉のハンコックには、妹達を必ずや守るよう。淋しい思いもさせぬように。
サンダーソニアとマリーゴールドには、姉を必ずや守るよう。淋しい思いもさせぬよう、皇帝となった後も必ずや側にいるように、誨えた。

そして、ステラは、かつて九蛇の姫として身につけていた、天竜人に捕らえられてからも肌身離さず隠し持っていた、蛇を象ったイヤリングを同封した。



「見送りなんぞ要らんからニョ。もともとわしは部外者じゃしニョ」

「ニョンさま……ありがとう、ございます。本当に、本当に」

ああ、言葉に尽くせぬこの気持ちを、どう伝えよう。

ステラははらはら涙を流しながら、扉を作った。
ニョン婆が、行く為の扉を。


「またニョ、ステラ」


(淋しい)(ありがとう)(ごめんなさい)(本当に、本当に)
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