RE-
トリナの見張りは一人につき七日。イルゼの役割も、もう終わりだ。イルゼの次はまた別の新兵が任される事になる。訓練を終えて、トリナの手を引きながらイルゼは考えた。次にトリナと関わるのは戦場になる。その時、彼女はイルゼを見てくれるだろうか。窮地に陥っていたら、助けてくれるのだろうか。
急に不安になり、イルゼはトリナを振り返った。そして、自分より低いところにある顔を覗き込んだ。

「ねぇ、トリナ。私は、誰?」

トリナの黒い瞳に、自分の姿が映りこんでいる。しかし、トリナの意識にはない。認識すら、されていない。イルゼは溜息をついて、再び歩み始めた。トリナは何も言わず、手を引かれるままに歩き出した。


イルゼの次にトリナの見張りになったのは、ペールという新兵だった。彼はイルゼ以上に、トリナの扱いに手を拱いた。彼はトリナの攻撃性と危険性を理解していなかった。そのため、自分勝手に動く彼女に苛立ち、うっかり手を上げて返り討ちにされた。
三日で交代となり、彼の次はラシャドという新兵がその役に付いた。彼は前任達の失敗を見ていたため、とにかく怒らないように努めた。

またイルゼのように干渉せず、感情的にならないよう心がけて接した。その結果、彼は三人の中で誰よりもトリナを御しえた。訓練兵は大人しい彼女を見て、その危険さを忘れてしまった。そして、彼の任期と共に、一○四期生との合同訓練は一旦中止となった。
第二十二回目の壁外調査活動に向けて行われる集団訓練に、彼女を参加させるために。


翌日、トリナに関する全権は一時的にリヴァイに引き渡された。集団訓練は壁外での行動を前提とするため、それが適当と判断された、が。

「……おい」

眉間に皺を寄せ、リヴァイはドスのきいた声で呼びかけた。トリナに貼り付いて離れない、メガネ保護者に向けて。

「嫌だ嫌だ!やっぱり反対する!」
「……うるせぇ。前は良いって言っただろ」
「言ってない!ダメとも言って無いけど、良いとも言ってないから!」

実際、ハンジは良いとは言っていない。訓練兵との合同訓練云々の衝撃が大きくて、うっかり反論し忘れたようなものだ。

「早く寄越せ。準備前に、班員に会わせる必要がある」
「いいじゃん別に!どうせトリナは馬に乗らないし、拠点地までは戦わないし!」
「ハンジ」

エルヴィンが静かに、ハンジに呼びかけた。にっこりと微笑むその口元に反し、目が笑っていない。トップで最終打ち合わせをしたいのに、ハンジのせいで全く進まない。現在テント外で進行中の、移動訓練の準備が終わる前に終わらせる予定だったのに。

「平常時の権限まで取り上げられたいかな」
「……ゴメンナサイ」

一瞬で青ざめ、ハンジは渋々トリナから離れた。此処で騒ぐほど愚かではない。もともと停滞させたぶんも計算済み、許容範囲内に収めている。

「トリナ、今度から私は傍にいないけど、頑張るんだよ」
「……そば、いない」
「うん。ハンジは一緒じゃないけど、リヴァイが一緒だから」
「はんじ、いっしょ……ない……」

言葉の意味するものを理解しないままに、トリナは繰り返した。そして、目線を合わせるために近くなったハンジの顔を見つめる。これは『いたい』ときの顔だ。だから、トリナはハンジの頭を撫でた。以前した時と同じように、髪を撫でる。

「はんじ、いたい」
「うう……なんて優しい子なんだい、トリナ!」

喜びのままに抱きつこうとして、ハンジはなんとか踏みとどまった。エルヴィンから放たれる無言の圧力が怖い。

「はんじ」
「うん、大丈夫だよ。トリナのおかげで、もう痛くないよ」
「いたい、ない」

『いたい』でないならばいいと、トリナはハンジの頭を撫でるのを止めた。それを機会に、リヴァイは腰を上げた。許容するのはここまでと、行動で示す。そうなると流石にハンジも諦め、傍を離れる。そして、泣く泣くメガネを戦闘用のゴーグルに変えた。

「来い」

リヴァイは短く命じて、テントの外に出た。そこに次の壁外調査でトリナに付かせる兵士を待たせている。トリナは仲間意識をもたないため、班行動が出来ない。しかし、だからといって単独行動はさせず、二つの目的から彼女も班に組み込んでいる。
目的の一つは、トリナが損傷した場合、それに対処するためだ。トリナは怪我を『いたい』と認識するが、戦闘を継続可能かどうかの判断ができない。そのため、怪我の程度を判断し、必要な命令を与える者が必要となる。

もう一つは、トリナの戦闘と補給に関する問題に対処するためだ。通常、各拠点での戦闘はリヴァイやハンジ、ミケといった要を起点に展開される。彼らは戦力の要であり、戦場において戦況を有利に作る役目を担っている。その為、戦線を離れることは難しく、補給の回数も最小限に抑えなければならない。
補給の際は、意図して近くの巨人を殲滅し、僅かながら余裕を作る。その上で素早く補給して前線に戻り、仲間に負担をかけないようにするのだ。

トリナにはそれができない。戦力はリヴァイに並び立っても、指揮官として行動する事ができないのだ。戦況が危うくとも、補給が必要ならば全てを丸無視して前線を離れてしまう。戦線における自らの影響力を知らず、その欠落の大きさに気付くこともない。
したがって、トリナの隊は自らその欠落に備えねばならない。そして、備えるにはまず、彼女の離脱を即座に隊全体に伝える者が必要となるのだ。

この二つの理由から、トリナも他の兵士と同じく五人一組の班に組み込まれている。今回トリナの班員に配属されるのは、班長クラス二名に新兵が二名。さらに部隊編成は班長五名、班員二十名となっている。
隊員のうち十五名は入隊したての新兵であり、割合としては新兵の方が多い。戦場に立ったこともない彼らは、恐らく使い物にならない。しかし、指揮官の十人はトリナの戦線を経験した者達で固めた。その上、非常時の行動も二週間前の決定直後から独自で訓練させている。
トリナが問題行動を起こしても、リヴァイが動くまで戦線を維持できるだろう。揃えた面々を見渡したあと、リヴァイはトリナを一瞥し短く命じた。

「待て」

命令を受けて、トリナは機械的に三角座りした。人間らしさに欠けたその様子を見て、新兵の顔に困惑と好奇が滲む。それを目端に留めながら、リヴァイは手短にトリナを紹介した。そして、特に扱い方に関して注意し、後を指揮官に引き継いでテントへ戻った。
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