ルドルフ | ナノ


セオドアは、ふと前を歩く銀を見つけて足早に駆け寄った。呼びかければその足を止めて振り返り、柔らかく口角が上がる。
父の血肉を分けた片割れ。という立場の人はひどく謙虚な人であった。先の大戦で英雄と言われた一人なのに、その身分を振りかざすこともなく地道に騎士として動く人である。仕事中という雰囲気もなく、片手にバスケットを持って歩いているのが見えてその姿に珍しさを覚えた。

「サメラさん、おでかけですか?」
「あぁ、ちょっと師の元にな。」
「師?」

セオドアが首をかしげるので、サメラは勉強をしてるんだ。そう教えると、驚かれた。何でもできる人だと思っていた、なんて言われて、逆にどうしてそう思ったのかと疑問にも思えた。

「ここに来るまで、そこまで学なんて持ち合わせてなかったから。教えてもらってるんだ。」
「えっ!?」
「文字はこの国に来てからだよ。金の計算は昔からしていたんだけどな。」
「どういう生活をされてたんですか?」
「そういう話をしたことも聞いたこともなかったか。つまらない話だが、聞くか?」

いいんでしょうか?と少しかしこまったような声色でセオドアは聞く。そんなに楽しい話ではないだろうけれど。それでもいいなら今からどうだ?なんて声をかければ、嬉しそうに頷いた。父からも母からもあまりサメラさんの話を聞いたことがないので嬉しいです。なんていうその姿は明らかにローザと同じ顔をしているので面白く見えた。

「あんまり、上手に話せるかは自信がないけれども。」
「サメラさんにも、苦手なものがあるんですね」
「私もただの人だよ。折れるところが違うだけでね。ついでに飯も食っていくか?」

カインはまぁセオドアなら文句も言わないだろう。そう判断して二人は足を進める。

「僕たちはどこに向かってるんですか?」
「カインの、ところだよ。文字についての講師代を飯で交換してるんだ。」
「そうなんですか?」
「ここに見知ったのはあいつか、シドぐらいしかいないからな。」

シドも枢機卿として忙しないし、セシルとローザには頼めなかった。外部に行くにも時間はかかるからカインが丁度良かったんだ。立場も内容も取引内容もな。
含ませた言い方にセオドアが首を傾げながら、言葉の最後を拾い上げた。

「すぐに、できるのは飯ぐらいだからな。講師代の見返りに飯を食わせてる」
「その言い方まるで餌付けのようですね。」

セオドアは面白い例えをするな。と笑いながら頭を強めに撫でればセオドアは僕は大人です!なんて声を上げるがサメラはパロムやポロムだって子ども扱いしてるんだからお前もまだ私からしたら可愛い子どもだよ。一太刀くれてやってから考えてやるよ。なんて言いながらセオドアの意見をなかったことにした。

「今度、手合わせしてください。」
「あぁ、もちろん。子ども扱いは卒業できるように頑張れ。まぁ、ここ最近誰からも一撃喰らったことないなぁ。」
「え?」

驚いて足を止めたけれども、サメラは歩いている。先の戦いでは一番先頭を歩く人だったと思い出してそんな人が今バロンにいることはすごい事なのでは?なんて思ってふと足を止めてしまった。数歩離れたところで、サメラは不思議そうに首をかしげながもそのまま一番近くにあったドアを叩いた。

「入るぞ。」
「え?」

にやりと笑って、そっとドアを開き中へと滑り込むからセオドアはその後を慌てて追いかけてドアを潜り抜けた。おう、と短い声を聴いて、漸くその目的地がカインであったとセオドアは理解した。
サメラの後ろにいたセオドアに不思議そうな顔をしたけれど、サメラは平然と中に入ってかまどの前に立つ。結構な頻度で通っていることが見てわかる。

「そこに突っ立ってないで中に入れ。セオドア。」
「俺の家だぞ、家の主みたいな顔をして」
「勝手知ったるよその家。だな。スープ温めるぞ。」

あぁだこうだと二人で言いあいながらも、けんもなくひどく穏やかな空気が流れている。なんだかんだと言いながらも、サメラはバスケットの中のものを温めなおし始めて、セオドアを座らせた。妙にむず痒い空気の中で座らされたセオドアは、妙な居心地の悪さを感じた。

「珍しいな、セオドアが来るなんて」
「来る途中で出会ったから誘った。私とそこまでちゃんと話したこともなかったしな。」

飯の話のタネにでもなるだろ。あっけらかんと言い切った。生まれて傷を沢山受けた女は、そこまで過去を気にしていない女だったとカインは思い出して頭を抱えるのだった。

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結果からして、ゴルベーザから聞いた話と比べばかなりオブラートには包まれた話であった。そうカインは判断する。幼少期を全て覚えてないと言い切り、団長に拾われてしばらくのことから話し始め今に至るまで多少の誤魔化しと勢いでかたをつけたのであった。
流石にファブール攻防戦のときに魔物を伝い空を飛んだ話や、カイナッツォを倒す前にバロンの城門を飛び越えたとか、月で置いていった時に落ちるように進んできたことなど伏せられた所も多々あったのをカインは分かったが、黙ったままにしておいた。
サメラが話すたびにセオドアは目を輝かせてカインを見たので、反応に困る。一通り、先の大戦について話し終えたところで、残りも長いからまたいつかな。と話を終えて家に帰らせたのであった。昔から思うのだが、子どもの扱いになれているからかセオドアも名残惜しそうではあるが明日も仕事だろうと説き伏せた。ローザたちも心配するだろうからと遠回しにセオドアの背を押すように勧める。セオドアの背中はなにか言いたげだったが、名残惜しそうにぱたりと扉が閉めてセオドアは去っていった。遠くなる気配を感じながらカインの部屋には沈黙が落ちた。

「なかなか端折っていたな。」
「流石にあいつの両親がどちらも料理が下手な話なんて、することもないだろう」
「いや、そこじゃなくてだな。」

バロンにいる残り期間も少なくなってきたしバロンを去るための置土産みたいなもんだよ。そうばっさりと切り落とされた一言にカインは言葉を失った。眼の前の女は情報を求めてここにいるのだつたと改めて思い知った。

「バロンの、契約期間が終わったら、出ていくのか?」
「多分な。まだちゃんとは決めてはない。ただ、私にこうした定着した暮らしを与えてくれて、生きていくならという選択肢は増えた。というだけだな」

それに元来の根無し草だから、気ままな旅のほうが自分の肌にはやはり合う。お前もそう思って試すためにも旅にではのではないのか?
はるか昔の自分を見つめ直すための旅をそう槍玉にあげられて、カインは返答に困った。世界をぐるりと回ったが、あの苦労を自ら好んでやるとは言いたくはなかった。

「慣れたほうが居心地がいいものだから。それは仕方ないことだ」

年を経るごとにそれは強くなる。それが普通だ。それが国への忠義ともとれる。そういうのを見ると、故郷っていいなとは思う。だけれども、私にはそんな場所はもうないから、そこは羨ましいところだな。あの場所はもう不毛の場所だしなぁ。
そこで言葉を停めてサメラは一度考えてから、言葉を落とす。魔力で不毛になったから魔力を渡らせれば戻るだろうか。そうこぼした。
魔力の暴走ですべてを焼き払い跡形もなくただの広い砂場としてしまった。あの場所に何をすればあの森の賢者がいたような懐かしい場所になるだろうか。思考を巡らせる。

「何を言っているんだ、砂礫の大地を緑に戻せると思うか?」
「やってみないと分からないだろう。」

魔法は奇跡の力の集まりで、想像することにより魔法を御する、願った祈りの力で傷を癒す力に変わるのだから、不毛の地を傷と捉えれば祈りの力は効くんじゃないのか?
常識に固まったカインには至らない思考を口に出されて、妙に納得してしまった。カインは昔聞きかじった魔法の理論を思い出してみるが、昔過ぎて全く思い出せない。過去の記憶を紐解いても、誰もそんなことを言ってたような記憶もない。

「それに、バロンは白魔法も黒魔法も研究しているだろうし、バロンを出た後はしばらくこれを研究してみようかな。旅しながら。」
「本当に出ていくのか?」
「いっても、まだ一年以上あるし、それまでにゆっくり考えるさ。」

バロンで学んだものを、バロンに還元してからだな。そうでもしないと私の気が済まない。そんなことを言いながら、あなたは食べたものの片づけをすると宣言して、立ち上がり、人数分の皿を洗うために、台所へと向かっていった。


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