全ての片づけをして、カインのベットサイドに水差しとコップを置いて翌朝、カインはノックの音で目を覚ました。返事を出せば、すぐにドアが開いてサメラが現れた。サメラの手には薬を持って、反対の手には口直し用と思われる菓子やご飯と共にやってきた。 「入るぞ。」 ドアを潜り抜けて近くの机にそれらをいったん置いて、薬だけを持ってベッドサイドに腰かけた。カインはおはようと声をかけると、サメラはおはよう。薬持ってきたぞ。そう声をかけて飲み薬を手渡した。小さなカップに入った液体は緑の草を連想させる香りがしている。あからさまに苦そうで、美味しくなさそうな香りが漂ってくる。 「昨日言っていた薬だ。飲め」 「…飲まなくてなんとかならないのか」 「ベッドに縫い付けられる期間が半分になるぞ。」 そういわれると強く出れない。二週間が一週間になる。という文言は魅力的でもある。体も動かせない二週間はたまらなく苦痛だろう。そう予想がすぐにできて、カインは意を決してサメラから薬を受け取る。濃すぎるのかしてカップの中でうごめく液体もゆっくり動いている。…絶対に苦い。そう思ったが、腹を据えて一気に胃の中に収めた。どろりと動く液体を舌先で感じる合間もなく喉を通り超えていく。 「…思ったより…苦くない?」 「お前がエドワードみたいな顔してるからそういう風に作りました。」 そういいながら、飲み終えたのを確認してか、朝食とお茶をサイドボードに置く。口直しにでも食っておけ。と言っている間に今しがた飲んだカップを洗い始めている。昨日インナーに突っ込んでいた髪は外に出て揺れている。 「悪いな。」 「気にするな。」 自分の飯のついでだ。とサメラはそのままカップを洗い終わって、サメラも自分用にご飯を食べているようだ。座らないのか、と問えばこれを食べ終わったら買い出しに行くと言う。 「なにかいるものは、あるか?」 「そうだな……なにか楽しそうなものを。」 「偉く、難しい注文だな。とりあえず、何か見繕ってくる。」 じゃあ行ってくる。とふらりカインの部屋を出て、町へとサメラは繰り出した。独りになって、どうしようかとカインは思考する。独りでこういう時間が久しぶりだと思い出して、仕事がるときは次の休みになにを。とか思っていたのに、こうしてとれてしまうと何もやる気が起きない。窓辺のベッドだから外の見晴らしがよくて、そこをずっと見ていると、時まれに奥の広場でちらほら人影が見えたりして平和だなとぽつりと零れ落ちて、昔見た光景が脳裏に見えて、あの光景はすごかったな。とふと頭をよぎっていくので、サメラが帰ってきたら一度聞いてみてもいいかもしれない。恐らくだろうけれども、サメラも2週間ほどの休みをもらっても上手に使いきれないだろうとなんてカインは思った。とりあえず。足を動かせばジンジン痛むので、景色を見るのも止めてシーツにくるまりなおす。風にのって人の喧騒が聞こえる。扉の向こうでは賑やかにシーツの交換がどうだとか、離している声が聞こえる。ハウスメイドの類だが、部屋に入ってくる気配もない。もしかするとサメラが気を利かせてくれて入らない様に言ってくれているのだろうか。一番具合を壊すのもサメラだった。とぼんやり思う。まぁ。普通の旅の中で、臓物を焼いたりするのなんてサメラぐらいしかいないか。と思うと笑いしか浮かばない。独りでクツクツ笑っていると、サメラがちょうど帰ってきて、微妙な顔をしてカインを見てた。 「気でも狂ったか?」 「いや、昔旅したことを思い出してたんだ。なぁサメラ。旅の話をしてくれないか?」 「かまわないけれども。作業の片手間でいいか?」 快諾に近い返事に驚いた。あまり話をしない性質だと思っていたが、そうでもないことに面食らってしまった。反応のないことに不思議がってかサメラがカインの方に振り返ってきょとんとしている。悪い。と返事を返してから、事の詳細に至る理由を話せば納得したようだ。手早く買ってきたモノを片付けて、サメラはカインのベッドサイドに腰をかけて、家から持ってきたであろう薬研たちを広げていく。カインの薬を作るために持ってきたらしい。 「そうだな。どんな景色を見たい?水気のあるほうか、無い方か。」 「きれいだと思った景色を教えてくれ。」 そうだな。ぽつりぽつりと一つ一つサメラは語っていく。比較的遠方ばかりを選んでいく。夏になると季節雨のせいで水位が上がり龍の背と呼ばれる場所ができたり、薄い光を放つ花が咲く夜の場所だったり、夜だけの世界の場所や昔カインが連れて行った昼だけの世界がある場所。彼女の足跡は世界中にあるようで、本当に根をはることもなく歩いていたのだと思い知らされた。 「一度見に行ってみたいな。」 「船でしか行けない場所もあるし、僻地すぎて船の民もあまり寄らない場所もある。難しいんじゃないのか?」 「船はまぁ、すぐに工面できるけどな。」 「……赤き翼をそう簡単に動かせるからそういうんだよ。」 呆れながら、サメラは薬研の上澄みを掬い取って別の瓶に詰めて蓋をする。さてといったん中止にするぞ。とサメラが言うがどうしてかとカインは疑問に思った。けれども、すぐに答えが自分の腹から出ているのに気づいた。 「威勢のいい答えが聞こえてきたのでな。すぐできあがるようなものを作る。」 面白いものを見たかのようにサメラはクツクツ笑ってベッドから降りた。ぺたぺた足音を鳴らして、飯食ったらそれ飲めよ。と言いつつ昼飯の支度にかかりだす。嬉しいのか楽しいのか鼻歌までついているので、サメラの気分も高ぶっているらしい。珍しく表に出ている感情に気が付いたカインは面白いものをみるようにサメラの背中を見つめた。 因みに昼は、エブラーナ風の汁とパンを二人で食べた。昔旅した時に食べた味だと思い出して、懐かしいなぁ。と一人ごちたし、食後の薬は吐くほど不味かったが、口直しに別の菓子を差し出してくれたので案外この生活も悪くないかもしれないとカインは考えた。 彼と私の生活。 2日目。 前 戻 次 ×
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