ルドルフ | ナノ


医務室に飛び込むように入ると、瞬間に蜂の巣をつついたようになる。いらないと言い続けていたサメラは走っている間に意識を失っていたので、カインを見て医師は個室に宛がわれそのままベットに寝かせれば、すぐさま医師による診断が行われだした。離れてくださいと言われたのでカインは離れようとしたのだが、サメラに掴まれて動くことを阻まれた。無意識によるものだとするのなら、と考えると頼られているような気がして、カインはそのまま壁際に…サメラの頭もとにずれて邪魔にならないよう小さな椅子に腰を下ろして手を取る。身の丈のような武器を振り回す割に細く小さい手をしているのに、背負うもの耐えているものについてはひどく大きい。
俺の知らないところで傷ついて耐えてるのは知っていた。前からひどくやられていても、あと残り2年だと言って耐えているのは彼女の弁だと知っている。でも、これ以上は見ているこっちも耐えれないのだ。酷く目立ちたがらない割に、上を力づくでブチ倒しそれ相応の位置に立ち始めるこいつを…どうにかしてやれないだろうか。と考えていると、診断の終えた医者が軽い脳震盪です、目覚めたら2週間安静にしてください。と告げて、そのまま部屋を出て行った。ありがとうございます。とカインは礼を言って、ある程度の処遇を澄ましたのだろうかセシルがローザを連れてやってきた。

「サメラは?」
「今、意識飛んだままだが、軽い脳震盪だと。起きたら二週間安静だって言っていた。」

ねえカイン、サメラは前からもしかして。とセシルが言いだしたので、カインは言いよどむ。ひどく隠したがっていた節はあった、おそらくそれは身内びいきされないためにだろう。だけれども、これで傷つく姿を見ることはしたくない。

「…急に来たやつが、一気に実力だけで上層部近衛兵団の班の隊長としていることが気に食わなかったそうだ。」

俺達のしらないところで、いろいろとやられていたみたいだ、と告げると、やっぱりか。とセシルがこぼした。変に痛むからおかしいなと思ったんだよね。とにっこり笑ったセシルが意識のないサメラを見た。

「目は覚めてるんだろうサメラ?」
「………医者が出てった頃から起きてた、そこで話してるからだろうが。煩い」

じとりと目をあけながら、お前も人が悪いぞと言いつつサメラはセシルを疎ましげに見つめている。起き上ろうとしたがそれをカインが制する。 

「サメラ、いつからこんなことが」
「知らん、気が付いたらあった。それだけだ。どうせあと2年と半分ぐらいで約束は終わるだろう?」
「2年居る割に、上に食い込もうとしてるんだよね。君。」

案外居心地よくなってるんじゃない、知り合いがいて家族がいて、今まで知らなかったことを覚えるのも。たのしくなってるんじゃないの?最近カインとも仲よさそうだしね。
ニヤニヤ笑うセシルの目線の先にはカインとサメラの繋いだ手があった。サメラはその視線をたどって自分の手を見られてるのが気が付いて慌てて振り払い、いやあのそのと言葉を濁す。

「ばっ…馬鹿。掴みやすいちょうどいい位置にあったんだ!」

へぇちょうどいい。ねぇ。…ローザ、サメラも目を覚ましたし、僕らはいったん帰ろうか。セオドアも心配してたし、また近いうち…いや、早い方がいいね今晩位でも話をしようか。カイン面倒見ててねサメラのことだからすぐ働き出そうとするしね。意味深な笑みを浮かべながら、言って睦まじくセシルとローザが笑いながら部屋を出て行った。
あいつら、こういうときだけ付き合いが言い分察しがいいというか、カインは呆れながら幼馴染に心で悪態を吐いて俯いた。変な沈黙が残る部屋で、ふっと息を吐いたカインが言葉を放つために口を開くがサメラに先を越される。

「…また、守られたな。」
「どうして、お前は…」
「私の立場を守れば私を擁護するハイウインド師団長殿の名誉が守られると考えたんだが。」

結局、お前に助けられた。すまない。もっとましな選択肢を選べばよかったんだが。と言葉尻がしぼんでいくサメラの言葉にカインはゆるく首を振る。

「違う。何を言われたか解らないが、守られたじゃない。お前を守りたかったんだ」
「でも…」

言葉を濁すサメラに、カインはそっと腕を掴み引き寄せ、腕の中に頭を引き寄せて囁く。
でももへったくれもない、お前を守りたいからああしただけだ。お前が好きなんだサメラ。だから、守りたいと思うんだ。お前が傷ついてほしくないと思っているんだ。俺にこれからも守らせてほしい、騎士として。一人の男として。

「そんな流れの出の奴捕まえて、口説くなんて…しかもお前貴族だろうが家もあるだろ?」
「俺が貴族であったし、お前は流れの出と言うが、サメラ」

バロンは拾い子のセシルが王になるような国だぞ?王の拾い子で、俺も幼いころに両親を亡くしてセシル同様にバロン王の庇護のもとに入ったから、別に帰るべき家はない。過去の経歴との兼ね合いで飛空艇師団の師団長やってるが、本家とか別にそんなもう家のしがらみなんてないし。お前が悩むような要素なんて一切ない。

「サメラの話を聞きたいんだが。風体も何も気にしないバロンの近衛兵団でもないお前の話が聞きたい」

柔らかな手つきで、カインはサメラの髪をすきながら言う。彼女の表情は近すぎて解らないが、拒否するそぶりもない。ただ俯いてぽつりぽつりと言葉を選ぶように彼女は言う。
正直に言うと解らない。昔先の大戦の帰り道でローザと二人で話したときに言っていたんだが。手を差しのべたくて仕方ない人。なにもなくても、心が暖かくなったり、そっと添い遂げてあげたいと思える人。それが好きな人。だと言っていた。それを聞いて、思い出したのは、カイン…お前だった。これが、どういう意味なのかはわからなかった。ただ、あの頃は戦いが終わった瞬間で、お前をよく知らなかったから。はじめてファブールで会ったときに考えたのはそれは、同情だと思っていた。一方的な哀れみだとも考えていた。がバロンに来て、正直それがどうなのかもよく解らない。カインは知ってるか知らないが、私は小さな頃に人としてきちんとした感情をなくしてから、それ以来今でも気持ちの動向についてはどうもよく理解し得ない。バロンに来てから、お前と過ごす鐘一つ分の時間を思うとローザの言っていた言葉が当てはまるし、思い出した。もしも、ローザの言っていたことがそうならば、私はカインが好きな人だと思っていることになる。三段論法みたいなことになってるが、この心持ちがそうだとするならば、私も好きなんだろう。が、正直に言うと解らないんだ。こうなったのも始めてだから。前に、お前の背中を守りたいと思ったのも嘘ではない、ただ口から、意識せずとも溢れ出たんだ。たぶんそうだと思う。私もカインが…。

そこでぐっとカインはサメラを抱き締めた。力を込めすぎで一瞬サメラが、蛙を潰したような声をして、カインの腕を叩く。殺す気かと言いながら、むせるサメラの背を撫でる。サメラはカインの胸元に一撃を喰らわせるが、素手のサメラの攻撃は甲冑によって、ダメージを受けない。二度目を喰らわせる手を掴みとって動きを止めさせる。顔を上げたサメラが、ぎろりとカインを睨む。

「すまん」
「力を入れすぎだ。」
「悪かった。そして改めて。」

サメラをカインのほうにむかせて手をとり、カインは膝をついてサメラを見上げた。目の痛くなるような空の色をした青は、揺らぐことなくカインを見つめていた。

俺と一緒になってくれないか?そして俺にあなたを傷つける全てから、あなたを守らせてほしい。
そうして私を守り立つあなたを、守りましょう。私にはあなたを守る術だけは持っているから。

その手を両手で握る。武器しか持たない女の手は、傷だらけで努力を知る手だった。カインは白くなった傷跡を撫でてサメラを見つめる。先程と変わらない真っ直ぐな視線を受けて、サメラの目が柔らかくなった。気がした。

「それから、サメラ。お前はあとで説教だからな。」

それを聞いてサメラの表情が一瞬歪んで彼女は変わってきたと思い、カインは満足そうに頷くのであった。

The Canonization
お前はただバロンでは安らかでいてほしい。


落ちしかぼやーっと決めてなかったら長くなった。
プロポーズの一言を使おうと思ったら、「黙って愛させてくれ」みたいな一文があったので、あ。いい!とかってなってこうなった。そんな経緯でひたすら守りたいカインと、守りたいサメラのお話し。


以下知恵袋の答えから引っ張ってきたもの。
どうか後生だから、黙ってぼくに恋をさせてくれ、
ぼくの中風や痛風を咎めるのはいい、
やれ白髪が五本出たとか、財産を蕩尽したとかあざけるのもいい、
きみは財力で身分を、学芸で精神を向上させたまえ、
一生の方針を立て、立派な地位につきたまえ、
閣下や殿下には腰をひくくし、
王のあらたかな、また貨幣に刻印された竜顔を
拝みたまえ。好きなように何でもやってみたまえ、
だからぼくには恋をさせてくれ。

デロデロですね。これを書き終わってからふと思ったんだけれど。
カインはセシルたちを義弟と呼ぶのか問題。



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