ルドルフ | ナノ


お互いの背中を守ると言いつつ時は流れてもサメラは傷ついてばかりだった。週に二度三度の勉強会で傷の確認を行い、聞けば事故だし。と言って退けていたサメラだか、カインはただ確認するすべを持たずに時間だけが流れていった。

セオドアと共に歩いていると風に乗ってサメラの声と喧騒が聞こえた。どこか激しい音に眉を潜め音の方を見ると、訓練場のあるエリアの方向らしい。あいつはまた手加減なしの叩き込みでもしてるのだろうか、と思いを馳せているとその方角から青ざめた兵士が走ってきた。その兵は以前サメラと軽口を叩きながら談笑していた一人だとカインはすぐに思い出した。それと同時に向こうはカインの存在に気がついたらしくまっすぐこちらに走り込んでくる。その表情に焦りが色濃く浮いていて彼が来た先を見つめる。

「なにかあったのでしょうか?」
「ハイウインド師団長。助けてください、あのままだとうちの隊長が!!」

あいつはまた。と思いながらも聞くよりもはやくにカインは行動を始める。「わかった、セオドア。セシルに報告に行ってくれ。」「わかりました」状態の異常さに気付いてか、セオドアは一つ頷いてからセシルの執務室の方向に走り出した。それを確認してからカインはサメラの部下である彼と共に訓練場の方向に走る。距離が近づいていることも相まってサメラの声がよく聞こえた。それは、先の大戦やこの間の大戦の戦闘中に聞くような攻めるための咆哮でなくただ耐えて受けるような叫びに近い吠えだった。なにがあったかとカインは一瞬思案するが、見る方が早いと判断し最後の曲がり角を曲がる。そこに広がっていた光景にカインは頭を殴られたような衝撃に見回れた。
薄く土煙たつ訓練場の隅に青い顔した兵士達とほくそ笑む兵士のグループが一つづつ。中央にサメラと近衛兵団の師団長がいて、激しい砂音を立ててサメラが勢いよく吹き飛ばされた。砂煙をたてながら地面を転がるように転んでいく。お前は前に俺に背中を守らせてくれとそして、俺はお前の背中を守らせてくれといったのにどうしてお前は傷つこうとするんだと、助けにいかねばと思うのに体はうまく動かなかった。
どこかの石で額を切ったのか、サメラはひどく血まみれで鎧も着こまず徒手空拳でいるのに関わらず、対する師団長は甲冑を着込み彼が得意とする武器を持って立っていた。振り下ろそうとしている様子が見えたので、すかさず声をあげる。

「これは何事だ!」

声を張り上げて言うと、彼らはこちらに気づいたようで視線が向くのがわかった。赤の中にまみれたこの国の王に似た青は、鋭く獣のような眼光でカインを射るが、カインはこの場での最も地位のある男に話を聞くことにした。

「ハイウインド師団長、いかがなさいましたか?」
「兵士からの連絡で様子を見に来たのだが、これはいったい何事だ?」

一瞬視線がカインの横を通り抜ける、一別してからにべもなく新しい班長のための訓練です。彼女は未だに指導が下手でして私が自ら…とさらりと言ってのける近衛兵団師団長から視線を反らしてその後ろにいるサメラを見る。立ち上がろうとしているのだが、血を流しすぎたのかそれとも頭を殴られたのか、頭がふらふらしている。

「訓練だ?やりすぎではないのか?」
「えぇ、庶民と世界最強ともいわれるバロンの力の差を理解するためさせるための訓練です。」

バロンが最強ともいわれるがなぁ。と言いながらもカインは彼女の経歴を思い浮かべる。先の大戦の英雄の一人。赤華の集まり銀色の武神事変。である。しかし本人は目立つことを嫌うが故に二つ名だけが神格化されたようになって、姿も性別も様々な推測がされていて聞いた噂では、骨格のよい厳つい男で魔法も使え、山を爆破したとかしてないとか言われているらしいのは知ってはいるが、たぶんそれが裏目に出た結果が今になってしまったのだろう。

「流れの出である彼女は自分の力に驕り高ぶられていましたから、その心を折ってさしあげたのです。」

師団長はにこやかに言う。その悪意はひどくおぞましいものであった。民族意識が強いと言えば聞こえはいいが、つまるところは差別である。お前は今までこれに耐えていたのかと思うと眩暈がした。茨よりも鋭い刺の中に身を投げて、これを耐えていたのかと一人呟く。先の大戦で戦っていた小さな背中にはこれぐらいはささやかな事なのかもしれないが、それでもカインは助けてやりたいと思って、どうやって返そうかと思慮しかけたその時、新たな介入者が姿を表した。

「どの辺りが驕られてたか僕にも分かりやすく教えてくれるかい?」
「セシル…?!」

バロンの国王であり、師団長の向こうで傷つき朦朧としている銀色の武神事変の血を分けた兄弟で対なす双子。セシル・ハーヴィがにこやかに笑っていた。

「国王陛下!」
「そういうのいいから。で、サメラのどこがそう思ったのか教えてくれないかい?僕が推薦した人間だからね。万が一があったらいけないからね。」

にっこり笑いながらもその笑みには迫力があり、付き合いの長いカインはセシルが怒っている事に気付く。落ち着けと一声かけようとしたが、君はサメラを医務室に連れていってと言われたので、カインはサメラに駆け寄り立ち上がらせようとしたが、力ない拒否を受ける。それでもカインは後で聞くといいつつ頭を打ってる可能性も踏まえて、そのまま反応の鈍いが、虚ろにいらないと拒否するサメラを横抱きにしてカインは走り出した。



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