玉響、逢魔ヶ時ライブ 6 





起きれば残り2日。目を覚ませば、というよりも調整役にたたき起こされた。というほうが正しいかもしれませんね。
驚いたようにも見えますが、ぼくはあいもかわらず寝むたげにアイマスク代わりのヘッドバンドをいつもの位置に上げて整える。

「どうされました?」
「あ…晦先輩、泣かれました?

「ぼくは鳴かない鳥ですよ、泣くわけがないですよ。ところで、調整役はどうしてこちらへ?」

使用中の札は立て掛けていたはずだ。ここに調整役がくるのが、不思議なこと。ぼくは首をかしげれば清掃のアルバイトだと言う。使用中の札はあったけれども、中を見たらぼくが布団をかぶらずに横になってたから倒れたのかと思ったらしく慌ててぼくをたたき起こしてそう聞いたらしく、ちょっと顔に動揺が浮かんでいる。そろそろ起きる時間だったので、いいんですけどね。

「大丈夫ですよ。問題ありませんよ。」
「大丈夫な人ほど平気だと言うんですよ。先輩」
「倒れた経験のある貴女が言うんですか。」

ぼくはため息混じりに苦言を呈すると、彼女は思い出したようでペロリと舌を出した。本当に自分の事を省みない人ですよね。あなたも。ぼくもですけど。

「さんざん言われてるのをみてるので、これ以上は言いませんけども。あなたは一人ではない。沢山のアイドルに必要とされてるのですから、たまには自分を労りなさい。」
「なら、晦先輩もですよね?楽曲関連は全部担っているのでしょう?」

二言はない。とまで言わせるようなやり口には見覚えがありますね。春からの朔間さんを師としてそれなりの動きをしてたからか、まぁよく似ることで。

「…このかんじは、調整役。朔間さんから、良からぬ知恵をえましたね?ですが、ぼくの今は『Valkyrie』の晦ですからね。いつかはその仕事もぼくの手を離れて、来年からはちゃんとした業者が入りますよ。」

代わりは誰にでもいます。穴は誰かが自然と埋めてくれるのが、摂理だとぼくは知っています。死んでしまったぼくの穴は朔間さんが、凛月さんが埋めているのですから。産まれたと同時に死んでしまったからこそ、ぼくは家と言う概念は薄い。

「ですけど、丸2日眠っていた晦先輩をみるとやはり安静は必要だと思います。」

そう言いいつつ調整役はスマホの画面を突きだした。ライブの前日。どうも文字通り泥のように眠っていたらしい。ぼくは3日前から朔間さんたちのあれそれと動こうと思っていたのですが、大きく計算が狂ってました。どうやって調整していくか、計算する暇はない。今日中にカタをつけておかないと、ぼくは身動きとれなくなってしまうでしょう。最終日のライブ当日にはぼくはそこにいないでしょうから。仕方ありませんね。

「調整役。お願いがあります。えっと…あの子、衣更くんと大神くんの居場所を教えてください。少しだけお願いをしに行きたいのです。」

教えていただくだけでいいです。お願い、ですから、うかがわないと行けません。ぐるりと思考を回してから、調整役をみると嬉しそうな顔をしていました。本当に彼女は、たよれられることが好きなのでしょう。ぼくはあまり頼まないですからねぇ。
調整役は一つ思い付いたように、スマホをさわって各方向に連絡をとるようで、その光景をぼくはただただながめていました。

「衣更くんの連絡取れました!生徒会室にいます。大神くんには連絡がつきませんが、たぶん部室です」
「そうですか。わかりました。」

調整役から聞いて生徒会室から行こうと決めて、一旦寝ていた所を片付けて足早にここを去ろうとすると調整役が不思議そうに顔をみてましたので、とりあえず失礼しますね。なんて一声かけて、ぼくは部屋を出ればぼくの背中に声をかける。

「晦先輩?」
「大丈夫ですよ。あなたは気にしなくていいんですよ。気付いたらすべて終わってますから。はい。」

そっと手をひらひら振って扉を閉めて踵を返すように歩き出す。生徒会室に衣更くんが居ればいいんですけどねぇ。なんて思っていたら通路の向かいからぼくが探していた衣更くんがやってきました。

「衣更くん。」
「あぁ、えっと晦先輩?どうかしたんスか?」
「いいえ、特に要はないんですけど。ぼくも卒業ですから、凛月さんをよろしくお願いしますね。他人に近いぼくが言うのもおかしな話ですけども。」

自嘲をしていると、衣更くんは不思議そうな顔をしているので、ぼくは気にする必要はない旨を告げれば、どこか煮え切らないような返事を頂戴した。ところで、どんな用だったんですか?と聞かれたので、ぼくは首を横に振る。なにもないのです、大きく言えない理由ばかりですからぼくはただ笑ってなにもないと改めて言う。釈然としない様子だったので、呼び止めてごめんなさいね。と謝れば彼はぺこりとお辞儀をして去っていった。角を曲がって消えるまでその背を見つめていましたが、これは朔間さんの子飼いに会ったらなにも言えなさそうですねぇ。そう思ってしまった。根っこはまっすぐで、どうも動物のような悟るような素質を持っている子ですからこの事情まで悟らせるわけにもいきませんし、ぼくが久しぶりに鳴いてもいいんでしょうけど。そこも朔間さんまで情報が飛んでいってしまいからねぇ。どうやって接触しようか。そう悩んでいたら、「おった!」なんていう声が聞こえました。

「央兄ィおった!!どこいってたん。」
「みか?」
「衣装出来たから探しにきてん、めっちゃ探したで。」
「あの…ですね。」
「辞めるなんて、言わさん!お師さんいての央兄ィやし、央兄ィおって『Valkyrie』やねんもん。」

せやから、お師さんも央兄ィ用の衣装を作ってるんやもん。ぼくがいて当然だと笑うみかはこの間ぼくに投げ捨てるような言葉を吐いて走っていったのに、あなたと言う人は…。

「みか、ぼくは前に人形遣いにもいいましたけど。」
「おれら、こんどはちゃんと活動してる。リーダーのお師さんの一言がない限り辞めることはできへん。だから、『Valkyrie』のさえずる鳥は央兄ィしかおらんねんもん。」

そういってくれるのは嬉しいですよ。ですけど、そうじゃあありません。席はあれど実体があるか怪しいのですから。

「ぼくはただ鳴くしかできない鳥ですよ。夜を想い、歌うしかできない鳥です。」
「でも、鳥やったら飛んでいけるやんなあ央兄ィ、なににそんな怯えてん?何をそんな恐れてん?学院一番の『Valkyrie』やで。」

胸打つ言葉ばかりを出すみかは、すでに糸を裁って歩き出したのは、よく見てたのでそう思いますよ。ですが、ぼくとみかでは大きく違いすぎるのも事実。

「もう!!お師さんもそこまで怒ってないから、衣装受け取ってぇや」

そう言いながらみかはぼくの手をつかんで、ずんずん歩き出しました。目体は手芸部でしょう。あの人形遣いと会うのも気が引けてるのですが、みかはぼくにお構いなしと言わんばかりに前を歩くきみたちは、二人で歩いていくんですよ。そこにぼくの居場所がないのをぼくが知っていますから。



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