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バス停留所から桃李の家はすぐだった。登良は大きな家に驚いている門扉のところのチャイムを緊張した忍が押そうとするところを宙がかっさらう形で押せば、すぐに屋敷の方から弓弦が出てきた。

「おはようございます。どうやら皆様お揃いの様ですね。」

ようこそおいでくださいました。歓迎いたしますよ。と言われて、みんなで頭を下げる。これは停留所を降りた時に登良が提案したことだった。最低限の礼儀として、提案するとすんなり通ったので酷く安堵した。みんなで頭を揃ってあげると、すこしきょとんとした弓弦がふふと笑った。「おやおや、これはこれは。ご丁寧に。」なんて言われて、登良は手に持っていた荷物を差し出す。「…あ、えと。これ、お食べください。」そっと買ってきたものを渡せば、ありがとうございます。後ほど、お出ししますね。と笑って弓弦はみんなを案内していく。目を輝かせた翠が弓弦にサインをねだることもあったが、それでも慣れた執事はさらりと交わして置くにと引っ込んでいった。
通された部屋に桃李が居た、弓弦がすれ違うのを止めたが優秀な僕は主にあとは。と消えていく。

「もう、なにも説明せずに行っちゃったよ!」
「姫ちゃん、おはよう!朝に会ったらまずあいさつします!」
「桃李、おはよう」
「……とりあえず、おはよう。」

むすっとしていた桃李と会話をしていると、遠くから大きな犬がくるな〜と宙が言うから、おのずと視線がそちらに動く。大きなゴールデンレトリーバーが走ってきた。毛並みの良い犬だと思った刹那、登良めがけて飛びかかってきた。驚いてかまえたが、あいにくと犬と戦ったことはなく、ただただ質量の差に負けて押し倒された。桃李がキング!と声を上げるが、それでも犬ーキングは息を短く切っていて、べろりと登良を一舐めした。わぷっ、と声を上げれど、キングはそのまま登良の上に乗ったままだ。再度べろりと舐めてから、のそりと登良から退いて桃李の方に甘えた声を出した。

「登良くんだいじょうでござるか?」
「……あぁ。うん、とりあえずは。」

忍の手を借りて立ち上がり、鞄の中に入れていたタオルで自分の顔をふき取る。犬になめられたことは何度かあったが、ここまで大きな犬は初めてだった。大丈夫かと忍に問われて、登良は受け身は取れてたから大丈夫だよ。と返答する。

「いつ見てもでっかいでござるな〜、本当に大丈夫でござるか?」
「うん…犬って見てると兄を思い出すよね……」

無遠慮に突っ込んできて人をかき回して。なんて言葉の途中で言うのを辞めた。言ってもどうにもならないし、相手は犬だ。怒ったって吠えられて終いだ。と判断してタオルを鞄の中に仕舞いこむ。

「登良くん、犬は好き?」
「兄を見てるみたいで苦手。翠は?」
「苦手っていうか…あんまり得意じゃないかも」

桃李とじゃれていた犬が翠に寄っていく。登良とおなじように頬を舐めていく、もみくちゃにされていると桃李が声をかけてあとで遊んであげるから。と別室に追い払っていく。ふさふさした尻尾を振って床を蹴っていくので、それを見送っていると、忍がぽつりと声を零す。

「今日ってメンバーは拙者たちだけでござるか?」
「創もいたけど、弟くんが熱出したんだって。俺が知ってるのはそれぐらいかな…?」
「へぇ。紫之くんも来る予定だったんだ。」

創がきたらお茶会のイメージはつきやすいんだけどねぇ。と零せば、それって暗に俺と仙石くんにお茶は似合わないってこと?そうじゃなくて、創は紅茶部だから。自然と結んじゃう。ユニットでもそうやってよくお茶を入れてるし。桃李もそんなかんじがするしね。翠や忍に会わないことじゃないんだよ。と伝えると、鈍く納得をする。そのまま忍と翠とで話し込んでいると、お茶の準備が整ったので庭園までお越しくださいね。と弓弦が帰ってきた。

「登良!これ、鞄の中に入れて!」
「え。うん?いいよ?」

宙から何かを奪って桃李が登良の鞄に詰め込む。なんだなんだと思いながら、僅かに登良は首を傾げる。理由は後で話すから!と言われたら仕方ない。登良は黙って重たいくなったカバンを抱えなおして、何もない顔を作った。

「はいは〜い、とりあえず移動しようか」
「庭園でお茶会です?うわぁい、漫画みたいです!宙はわくわくしてきたのな〜登良ちゃん、姫ちゃんいこうな〜?」

登良の手を掴んだ宙が、嬉しそうな声を上げて走り出す。登良はわぁ!と声を上げるが。引っ張られた方向にただただ足を回すしかなかった。弓弦を先頭に引きずられた先は整えられた庭園だった。

「HaHa〜空気の澄んだ『色』が気持ちいいな〜」
「わぁ…すごい」

色とりどりの花や迷路を髣髴する背の低い垣に、センス良く整ったそこは、明らかに手の込んだものだった。ねえねえと宙が話しかけてくるので、登良も相槌を打っていると、東屋から桃李が顔を出した。

「二人ともこっちに来なよ。」
「ほら、桃李も呼んでるから行こう?」

きっとあの東屋からなら花も綺麗に見れるよ?と誘えば、そうですね!なんて宙が言うので二人で東屋に入ると、今いる人数よりも多い椅子にそれぞれが思い思いに座っている。何処に座ろうかと悩んでいると、宙はパッと見晴らしのいい場所を陣取って、ニッコリ笑う。

「とりあえず花がよぉく見えるところに座っちゃいましたけど、駄目だったら言ってください!」
「どうぞお気になさらず。三毛縞様もどうぞお座りください。アールグレイをご用意いたしました。」
「…はい…」
「ほら、登良もここに座りなよ。」

とんとんと桃李の横を示されたので、登良はそこに足を向ける。向かいに翠が居て、ちょっと落ち着いた。鞄を膝の上に置いて、周りを見回すと忍も翠も慣れてない様子でそわそわしているのがよくうかがえた。登良は渡された茶器を見ながら、どこかのいいところのメーカーなんだろうな、と思いつつ、お茶はミルクもレモンもご用意していますが?と言われたので、そっとレモンを頼むと桃李が気にしなくてもいいんだよ。今日の弓弦はただの一使用人なんだから。と言われるが、それでも学校で会えば彼はひとつ上の先輩でなわけで、どうしようと思っていると弓弦の方からも今は気になさらずに。と言われてしまうと折れるしかない。

「ダックワーズなどのお茶菓子や三毛縞様の持ってこられた菓子もございますので、召し上がってくださいまし。」
「登良の持ってきた御菓子って何?」
「…途中で買ってきた焼き菓子だけどみんな食べる?。」

テーブルの中央に配膳されたダックワーズとマドレーヌを手元に寄せて、マドレーヌから口にする。おもったよしもしっかり目に作られたマドレーヌは、登良の口の中でしっかりと解けていく。いつものところは小さなころから御用達の洋菓子屋さんだ。ちらりと周りを見回すと、おいしいという声がこぼれるのでほっと安心した。

「ダックワーズです?面白い食感な〜?宙はこのお菓子が気に入りました!」
「このダックワーズってどこのかな?今度買ってみたいなって。思って。」
「これ?これはたしか…」

桃李が悩んでいると横から弓弦がそっと補助を出す。うるさいよ、とたしなめつつも、この二人は息が整っていると登良は思う。こっちのマカロンもおいしいよ。とすすめられるので、登良はどれが何味なのかと問えば、桃李がこれはね。と教えてくれる。

「忍と翠はどれにする?」
「えっ!?」

ぼそぼそと話をしている姿を見ていたので、輪に入れるように声をかけたが、二人して固まった。再度味の説明をしていると宙が青いのください!と言ったので、はいどうぞ。と皿を渡す。

「美味しい紅茶とおいしいお菓子とたべなよ。…俺のじゃないけどね。」
「おぉ…翠くん、拙者たちもお菓子を頂くでござるよ。」

翠と忍が恐る恐る口に含んでいくのを登良は固唾を飲んで見守る。軽い音が鳴ってから、咀嚼音。そして次に口に含む速度が速くなったのを見て、登良は嬉しそうに口角を上げた。

「うわ、すごくサクサクしてる…あの、伏見画伯。これって普通に売ってるものなんですか?」
「マドレーヌは三毛縞様のお土産で、それ以外については専属の料理人に作っていただいております。お気に召していただいたなら。光栄です。」

すごい、さすが伏見画伯。と翠は嬉しそうに頬を緩ませたが、どこにさすががかかっているのか登良は首を傾げる。弓弦が作ったわけでもないのに、さすが。がどこに連用してるのかわからないが、気にするといけないような気がして、考えるのを辞めて、紅茶を口に含んでいると、隣の宙が思い出したように「あぁ、そうだ!」と声を上げて、鞄を開けてごそごそと何かを探し出している。

「春川くん、ごそごそリュックサックを漁って何してるの?」
「そういえば、やたらと大荷物でござったな。一体、そんなに、何を持ってきたのでござるか?」

興味深そうに、翠が隣の宙の鞄を覗き込む。ごそごそと動いてた宙の手が止まって、何かを取り出した。四角い袋に入ったそれは、紐がむすばっていて、かわいくラッピングされてるように見える。袋の中では7つほどに分けられた小さなものだ。なにだろう、とその袋を見つめていると、宙が答えを出す。

「HuHu〜、宙はパウンドケーキを焼いてきたな〜。どうぞどうぞ食べてください。」

そのまま食べてもおいしいけど、ピーナツクリームを塗るともっと美味しくなるな〜。嬉しそうな声を上げて、袋の中の一つを取り出して宙はそのまま口に運ぶ。小さめのそれはあっという間に宙の口の中に消えた。わわっ、手づかみで食べちゃったでござるよ!?と慌てて忍が行儀がと言い出すので、弓弦がフォークと取り皿をお持ちします。とまた館の方に消えて行こうとするが、桃李が宙に声をかけた。

「いいじゃん、べつに。ボクも食べてみたいな。一つ頂戴?」
「はいどうぞな〜。めしあがれは美味しくする魔法です!」
「じゃあ俺ももらっていい?」
「はいどうぞー登良ちゃん。」

二切れがそれぞれ桃李と登良の手に渡る。一口口の中に入れると、確かにおいしい。ピーナツクリームを塗ると、と言っていたが、これだけでもなかなかのものだ。

「登良ちゃんもピーナツクリームいりますか〜?」
「少しだけ頂戴?ちょっと試してみたいかも?」
「うちの料理人ほどじゃないけど、まぁまぁおいしいんじゃない?」

翠も忍も食べない?おしいいよ?と声をかければ、二人とも少し緊張した様子で宙のパウンドケーキを食していく。緊張するふたりを見ながら、宙と桃李のピーナツクリーム談義に耳を傾けると、弓弦がお行儀が悪いというが、今回は登良たちがいる手前怒れない様子だ。こっそり桃李と二人で、よかったね。とやりあっていると、弓弦は部屋にいったん戻るのでなにかありましたらベルを置いていくのでお申し付けください。それではごゆるりとお過ごしくださいませ。
優雅に一礼して、執事は部屋へと帰って行った。やはり主従であるからしてか、混ざりにくいのだろうと思いつつ、登良はピーナツクリームの塗られたケーキを口の中に収めながら、会話を繰り広げるのであった。




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