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とりあえずよく解らないが、振り回されてるのは自覚する。イルカショーのステージでライブをすると聞いた瞬間に登良の思考はすべて焼ききれた。まったくもってどうしてこうなったのか、よくわからないがひなたと宙に改めて連絡を送ることもして、ステージ上で兄と羽風と深海の振りを一気に頭に叩きこんだせいか、頭の中がこんがらがっている気がする。練習リハーサルを行いながら、登良は流れていく情報をすべて噛み砕きながら整理していれば、朔間や日々樹。ひなたや宙までもがステージ脇に入って話を展開していく。

「三毛縞殿以外の誰も状況についていけておらぬ。何の説明もされないまま我らも引きずり回されておってな。いつもこんな巻き込まれ方なのか?」
「……はい。慣れましたけど。説明というか概要は欲しいですね」
「説明不足を責められたら返す言葉もないが、まあ今は俺を信じてついてきてほしい!大丈夫大丈夫、きっと何もかも上首尾に終わるだろう!」

その兄を信用できないんですがね。なんて登良が言葉を放てば斑は登良くんは!ママを信じなさい!と言い切られるので、深いため息を吐く。兄は昔から不言実行するのは知っているのだが、言わなければ気が済まないのだ。

「おこってはいけませんよ。この『らいぶ』がおわったら、みんなで『すいぞくかん』をめぐりましょうか『おしごと』のことはわすれて、のんびり『いきぬき』しましょう。せっかくの『おやすみのひ』ですから、ぼくのせいでふりまわしてしまうだけで『おわる』のは『ざんねん』です」

ちょっと『もうしわけない』ですからね。とくにきみにはね。と深海が登良に向かってウインクを一つ。
小さなころに何度か会ったのは覚えてるが、その内容まではおぼえてない幼馴染。何とも言えない間柄の登良も入っていたのだろうか、ウインクの意図を考えれども、思いつかずに首を傾げる。思考を巡らせていると、あんずと羽風が買い物かなにかに飛び出していくのを見ていると、登良の横でイルカが跳ねた。

「そうまととらは、もうちょっと『らいぶ』の『れんしゅう』をしましょうね」

今回はイルカショーみたいなかんじなので、イルカさんとも仲よくしましょう。という深海がずいずいとプールへりまで登良の背中を押す。縁で踏みとどまれずにぼちゃりと登良も先ほどのあんずのように鈍い音を立てて落ちた。ぬるい水が登良を包んで、水面に浮ぶとじとりと深海を見るが深海は笑って水浴びですね。なんて言った。濡れた服が肌に張り付いて気持ち悪さを感じながらイルカショープールから出ようと思ったが、イルカが登良の周りを泳ぐ。

「めずらしいですね。きにいられましたか?」

深海がくすくす笑ってイルカに話しかければ、イルカはふらりとどこかに泳いで行った。かなり気に入ったようですけれどあとでおてつだいしてくださいね。と深海は登良に言葉を投げる。ニッコリ笑っている深海の意図が読めず、登良はただただ首を傾げるだけだった。

「お手伝いですか?」
「いっしょにイルカさんとおよぎましょうね」

え?と深海を見るが、にこにこ深海も笑っているし、どうかしました?といわんばかりの表情を浮かべてる。再度問いかけたが、一言一句違わずに「いっしょにイルカさんとおよぎましょうね」だったので、聞き間違いではなかったかと、顔がひくついた。

「いるかさんもとらをきにいったようですよ。あのこといっしょにおよぎましょうね。『まんがいち』にそおなえて、そうまも『ちしき』をみにつけましょう。いろいろおしえてあげます」

まずはー。といいつつ深海が視線を動かせばイルカは遊んでと言わんばかりに寄ってくる。ぬるっとした体をステージの上に乗せ上げて嬉しそうに体をよじらせるのを見て、触ってあげてください。なんて深海が言う。

「『かしこいこ』たちですけど、『おくびょう』なので『やさしく』せっしましょう」
「おおう、我。こんな間近から『いるか』を見るのは初めてである。意外と凶悪な歯並びをしているのだな。登良殿」
「そうですね。」
「目とはかはどことなく部長殿に似ていて優しい感じであるが」

水槽では飼えないから。といいつつ、ぽつりぽつりと深海は水族館を守りたいから、と目を伏せた。どうも今回の深海については何かあるみたいだが、兄が何とかしてしまうのだろう。とどこか他人事のように思いつつ、登良は深海のイルカについてのレクチャーを受けるのであった。
神崎と一緒に登良は深海からのレクチャーを受けてイルカと泳ぐことが決定した。高校生よりもおさなく見えるほうがウケもいいだろうという判断らしい。普通に泳ぐ登良の周りをイルカ側がなんとかするらしい。が、兄から携帯を渡されて飛び込み動画を見ておいた方がいいと言われた瞬間に背筋が冷えた。まさか、とか思ったが、念のため。と言われて嫌な予感だけがした。もしかして、イルカにボールか何かと間違われてるのではないか?そんな思いも喉の奥に閉じ込めた。
ひたすら動画を見て覚えていると、日々樹が近くの劇団と掛け合って衣装を調達したらしく斑、深海、羽風、神崎、登良の揃いの衣装である。が登良だけが背丈が合わずあんずの手によって急ピッチに丈がつめられる。あとで返却するので、しつけ脱いで丈を詰める。どうせ2曲ほど踊ればすぐにドルフィンスイムらしいので、いっそシャツとネクタイだけでもいいのでは?と考えてしまうのはいつもの貧乏性である。
最終チェックを行っていると、着替えた羽風が帰ってきた。

「たっだいま〜、まだライブは始まってないよね?」
「遅い!逃げたかと思ったぞ、どこで何をしていた?」
「神崎先輩、羽風先輩にもいろいろありますから…ね?」

ぷんすか、という表現が合いそうなほど、神崎が怒るのでそれをなだめながら、3年が怒られ2年が怒り1年が宥めるという不思議な図式を作り上げていることに首を傾げながら、海洋生物部部員たちはわいわいと賑やかに騒いでいる。

「戻ってきた途端に朔間さんたちに更衣室に放り込まれてさ。着せ替え人形みたいにされちゃったけど。みんな専用衣装を着てるのに、俺だけ私服だとアホみたいだしね」
「それでもいいのでは?」
「神崎先輩…。」

同じ部活なのに険悪なんですか?まるで桃季と瀬名先輩の様だと思いながら、今回のライブはどうなるのだろうかと思う。始まってもないライブの杞憂だってそうだが。大丈夫かと思ってしまうのは、心配性だからだであろうか、周りの情報に警戒をしながら個人の最終確認を終えると、##name_1##くん。とあんずが駆け寄ってきた。

「##name_1##くん、衣装のサイズは大丈夫?」
「はおってますし、俺は大丈夫です。それよりも兄の方がたぶん…」
「あんずさん。さいあく俺は四肢を拘束されてもある程度動けるから適当でも良いんだけどなあ?」

それよりも水を浴びるから、防水加工をしておくべきだろう。ほら颯馬さん、防水スプレーをシュってしてやろう。両手に防水スプレーを持った斑が嬉しそうに神崎に詰め寄っていく。自分でできると言い切って斑から一本奪って自分の手でスプレーをふりかけていく。二人のやり取りを見ながら今日の振りを思い浮かべていると、あんずが##name_1##の服の袖を引っ張った。

「##name_1##くん平気?今回のライブも急に巻き込まれたみたいだけど」
「兄の暴走を止めるのも弟の役目ですから…仕方ないです。」

念のためで飛び込みがある時点で嫌な予感がするけれども。と吐き出せば、あんずもまさかないとは思うけどね。と笑ってるので本当にないだろうかと考える。考えれば考えるほどなんだかありそうな気がしてきて、滅入ってくる。あんずから大丈夫だよ。そんなことならないよ、と宥めるように声をかけている。
それにならってか、あんしんしてください、とら、いるかさんはわるいこじゃないですから。一緒に泳ぐだけですよ。と深海に肩を叩かれて、たのしみましょう。いいらいぶになりますよ。と耳元でそっと囁かれる。まるで、海のような声色で優しい声は登良の耳にすっと入ってくる。あぁこれが。と思うと同時に、はっと我に返って緩やかに首を振る。今は耳を貸してはいけないと自分を奮い立たせて登良は口を開く。

「やることをやるだけです。俺は。兄にもなれないし、深海先輩みたいにもなれないですから。」
「きみも、むかしとはちがうんですね。」
「俺は小さすぎておぼえてないですがね。そろそろライブが始まりますよ。深海先輩、行きましょう!」
「きみは、『あに』でもありません。みけしまとら、そうでしょう?」

不思議と溶けて入ってくる声に耳を貸しそうになるのを振り切って、登良はすんと息を吸う。扉一枚の向こうは楽しげな音楽が聞こえてて、自然と頬が緩んでるのが自分でわかってしまう。

「俺、前説も兼ねてるので、先に行きますね。」

そうして登良は一足先にライブ会場に飛び込んでいくのだった。まぶしいステージに立てばたくさんの拍手が聞こえだして、登良はマイクを握る。小さな背がこうしたところで役に立つのは少し悲しいが、仕方ないのでそのまま、紹介を始めていく。つつがない前説は『Ra*bits』でよくやっているので、すんなりと物事を進ませていく。数曲踊った後に、深海が登良の隣にやってきて、うれしそうに笑っている。短く一言を交わして、二人でプールに飛び込む。
このあと、念のために見た動画が役に立ったのは……イルカのジャンプによって高くにトばされ高高度着水を決めることになったのは別の話である。




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