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登良くん、あんずさんが働きすぎなのは知っているな?
…帰宅して一声がこれだった場合、返答をどうすればいいのかと真面目に思考する。
ノーという選択肢は全く持ってないので、いえす。確かに、あんず先輩は働きすぎだとは思う。素直に口に出せば、まぁ考えすぎなくてもそうだなあ。と兄は考えだしたので登良はそのままほったらかしにして一度部屋に上がるために兄の横をすりぬけようとしたら、なあ登良くん。と声をかけられる。
なに?と言わんばかりに見つめると、斑はあんずさんのことを気にかけてやってほしい。と言われたので、前後のやりとりを考慮して、おそらくは、登良が離れた後の話がそういうものだったのだろうかと思う。

「登良くん、朔間さんからこれをもらったんだが、何枚かもらってくれないか?」

そういって差し出されたのは、水族館のチケット。…なにがあったんだ、と怪訝な目で兄を見ると、朔間さんからもらった。という。師の師からなので。拒否することもできず登良は兄とチケットを交互に二度ほど見てからそれを受け取る。

「今、奏汰さんが水族館にいると思うから見つけたら連絡が欲しい」
「……深海先輩……?」

小さなころに兄に手を引かれてあった記憶はあるが、そこまで話した記憶もない。同じ学院にいるが学年も違えばユニットも違うので、何とも言えない。とりあえずわかったと返事をしたのは数日前だった。
そしてレッスンもない日に登良はふらりと水族館にやってきた。入ってすぐの大水槽に泳ぐ魚を見ていると、不意に声をかけられたのだった。振り返ればそこにひなたと宙がいた。

「あ、登良ちゃん。こんにちはー!」
「…宙?」
「登良くんじゃん。やっほ」
「こんにちは。」

珍しい組み合わせだね。と告げれば、そうでもないよとひなたが笑う。登良ちゃんは一人?と問われて登良は肯定する。よかったら一緒にどう?と誘われて登良は二つ返事で了承する。のんびりするつもりであったがこれはこれでいいだろうと判断する。

「こっちに綺麗な『色』のおさかなさんがいるな〜?水族館のお客さんの『色』を反射して虹みたいに輝いています!」
「宙、走らない。」

いつもの癖で光を止めるように空のフードを掴んで止める。一瞬ぐっと音が聞こえたが走ろうとする空の足を止めれたので、そのままひなたが注意をかける。

「宙、手貸して。」
「じゃあ反対側は俺が。」
「俺の手なの?」

登良を中心にして右に宙、左にひなたが並ぶ。結局『Ra*bits』でも見たような光景に重なって登良は小さく笑っていると、宙はひなたがお兄ちゃんっぽいとカラカラ笑うとひなたが胸を張ってお兄ちゃんなので!と言い切った。

「宙くん、何かフラフラ変な動きしてて心配!心ここに非ずって感じだけど大丈夫?」
「こういう場所苦手?」
「HuHu〜、こういう場所だと、宙はあんまり何もよく見えないんです!お客さんの目に反射する『色』を見れば、同じように楽しめるけど〜?」

みんなが『色』を反射してて、宝石箱の中にいるみたいです!それで肝心のおさかなさんがよく見えなくて、ちょっぴり残念な〜?でもこれは宙がへんなせいなので、ひなちゃんが謝る必要はないです!
宙がそういうものだというのを思い出して想像してみる。きっと目が疲れるんじゃないかな。と思い浮かべてみる。ずっとキラキラしているのなら疲れそうだな。と思い、登良はねえ。と声をかけた。ちょっと顔色の悪い宙はゆるゆる目線を上げて登良と重ねた。

「宙、肩車しよっか!」
「そうだね!それはいいかもしれないね!」
「登良ちゃん大丈夫な〜?」

宙の足の間に頭を突っ込んで、迷うことなく登良は立ち上がる。…鉄虎より軽いかな?と思いながら、まっすぐ立つ。空手をやってるだけあってかゆれることもなくしっかりと立っている。登良ちゃんパワフルな〜。宙より小さいのにしっかりたってるのな!

「よく鉄虎やを大将を持ち上げてるから。」
「空手部ってけっこうハードなんだなぁ…」
「視線が高くなれば周りのお客さんの『色』に邪魔されずおさかなさんがよく見えるんじゃない?」

よく見えます!なんて返事を聞いてから宙を肩に乗せながら、登良はゆっくりした足取りで奥に進んでいく。水面が照らされて地面がきらきらとしている。視線を上げれば、トンネルになっている様子で魚が酷く近くて手が伸ばせば届きそうだな、なんて思う。登良の上に載っている宙も楽しそうで、時折感嘆の声を漏らしている。

「登良くん大丈夫?」
「慣れてるし平気。ちょうどいいトレーニングかもね」
「たぶんカラフルで綺麗な〜」

どういう景色が見えてるんだろう?とひなたが考え込むので、登良は宙が見えている世界を考えてみる水彩の様だ。油彩の様だと言っていたことを思い出して想像する。淡い色に輪郭をなくしたような世界なんだろうかと思慮する。輪郭のない世界というのはひどくみえにくそうだ、・…もしかしたら蛍みたいな淡い光が泳いで見えてるのだろうかと想像を巡らせていると、ひなたに早く行こう?と声をかけられるので、返事を返して登良は奥にと進む。

「登良ちゃんも楽しんでほしいな〜?」
「楽しんでるよ?」
「綺麗な『色』のお魚がいたら教えますから、ひなちゃんも余裕があったらちゃんと見てね?」

じっとひなたをみると、ひなたもひなたでいろいろあるらしく考えることが多いから脳が足りてない感じだから。と踏み込むなと言わんばかりに言われて、登良は黙ったが、宙がゆうたはこなかったのか?と問いかける。確かにそうだ、いつもふたりでいるのがと言うのを聞きながら、ぼんやりと水のゆらぎを見つめる。ひなたは活動資金やらゆうたへのプレゼントを渡すためにバイトをしている。という。

「最近はバレてゆうたくんもたまに手伝ってくれるけど。実はゆうたくんに伝えてる以上にあちこちで働いててさ。」

そのうちのバイト先の一つ魚河岸でお給料に加えて水族館のチケットをもらっちゃって、ゆうたくんを水族館に誘ったらチケットの由来までしなくちゃいけないじゃん。嘘ついたりごまかしたりしても、ゆうたくんにはバレるし拗ねちゃうと思うし、勝手にバイトしてたことで怒られた直後だから、全く反省してないじゃん〜ってマジギレされそう。

「チケットを売るのも気が引けたから宙を誘ったの?」
「せいかーい!」
「宙は『クラスの子』ではないですけど?」

でも仲良しの友達じゃん、宙くんも登良くんもあんまり詮索したり干渉したりしてこないしね。まぁ悪いことしたら拳骨で怒ってくれるけどちゃんと考えてくれてるし、楽なんだ、俺はあんまりひとに口出しされたくないほうだから。
大きい魚がゆるりと登良の前を泳ぎ去った。ぼんやりとひなたの声を聴きながら、意識がそっちにもってかれた。水槽の中の魚が悲しそうな目をしているような気がして、登良の足が止まる。毅然としている魚に何を思えばいいのだろうかと考えていると、足を止めたことに不思議がるひなたに声をかけられて、きれいな魚が居たけど泳ぎ去っちゃった。と濁しておいた。




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