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 ジルは開店前に店主に呼ばれていた。特に思い当たる節がなく、何故呼ばれたのだろうと不思議に思いながらも店主の部屋に行くと、神妙な顔をした店主がジルを待っていた。

「オーナー、何か御用でしょうか」

 ジルを眼に止めると向かい会うように置かれている椅子に座るよう促された。

「ジル、まどろっこしい事は抜きにして言わせてもらう、・・・君を買いたいという方がいるんだ」

 店主は真っ直ぐにジルを見つめてそう告げた。

「・・・買いたい?今の仕事もそうなんじゃないんですか」

 ジルの言う事はもっともな質問であった。

「確かにこの仕事はそういうものだが、私の言っているのはそういうことじゃない。・・つまり君を買い取りたいと先方が言ってきているんだよ」

 店主の説明は何一つ隠すことなく事実を述べていた。

「普通ならばこちらはそれ相応の支払いをして貰えれば、君達の意見なんて聞かずに引き渡すところなんだけれど、君の場合は勝手が違う。売られてこの店に来たわけじゃないからね。だから私もこうして君に話しているわけだよ」

「あの、その先方というのはどなたなんですか」

 店主の言うことは理解したジルだったが、その相手というのが全く思い浮かばなかったのである。

「ユラ・カグラ様だよ。ほら、君が初めてお相手したお客様だ。あの方は一度相手にした子には手を出さないっていう変わった方だったから、まさか君を引き取りたいなんて言い出すとは思っていなくてね。私も凄く驚いているんだよ。だけど、そんなに悪い話ではないと思うよ、彼はけして男娼を物の用に扱ったり傷付けたりする方じゃないし、何より聞いた話じゃ軍部の上官らしい、まあ私は軍には詳しくはないのだけどね。つまり、なかなか良い誘いだということだけは知っておいても悪くないだろう、だが決めるのは君だ。私は特に強制するつもりはないよ」

 店主の話しを聞いたジルは、何よりカグラが軍部の上官だという話に食いついた。カグラとの別れ方は悪かったが、あんな生温い男ならば簡単に何か零すかもしれない。もしかしたら軍に潜り込むことも可能かもしれない。多少気に食わない相手とはいえ、先が見えず行き止まっていたジルにとってはまたとない機会だった。

「オーナー、そのお話お受けします」

 ジルの声色はしっかりとしたものだった。



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