とある世界の終わり
響くのは慟哭。
ただただ、貴方の声だけが、この耳に響く。
世界の雑踏も、世間の騒めきも、すべて通り越えて。
貴方の、声だけが。






何てことないいつもの日常。
隣に優しい馴染んだ体温を感じて目を覚まし、起こさないように隣をすり抜けて、扉を開閉。
リビングのカーテンを開けて、朝ご飯に何が食べたいだろうかと考える。
今日は待ちに待った休日だった。
午後からは久しぶりに出かけようと話していた。
それならきっと、夜ご飯は早めに食べるから、朝ご飯はブランチになるだろう。
「…よし、サンドイッチでも作ろうかな」
閉じそうになる瞼に気合を入れるため、ひとりごちた。


11時過ぎ、スープ片手に溜まっていた録画番組を見ていると、顔の横に二本の腕が伸びてきた。抵抗せずにいると、そのまま抱きしめられる。多忙でお疲れの彼が漸く起きたようだ。
「おはよう、志岐」
声をかけてみるも、彼は無言のまま。未だ寝惚けているようである。
暫くそのまま過ごしていると、耳元に彼の吐息。肩に重みが加わる。可笑しな体勢で二度寝を敢行しようとしているらしい。
「志岐ー?」
「んー…」
唸り声の返事は頂いた。
平日は寝起き良く、さっさと身支度を整えてしまう彼は、休日になると平日の物わかりの良さをかなぐり捨てたかのように寝起きが悪くなり、そして甘えたになる。私はそんなギャップに同棲してからやられたのだ。めちゃくちゃ可愛い。
「ね、志岐、サンドイッチ作ったんだ。食べよう?」
食欲と眠気、どちらが強いかを確かめるにはこうやって訊けばいいとわかったのは結婚してからだった。同棲の間は彼も頑張っていたのか、5分も抱きしめられていれば慌てながらも目を覚ましていた。結婚して数週間、疲れと慣れとたぶん信頼と。箍が緩んだのか、いつまで経っても動かない彼に動揺して、どこか痛い?と訊いたのは懐かしい。するとぐりぐりと頭を横に振るものだから、髪が首を掠めてくすぐったかった。そんな内に私のお腹からは空腹を訴える音が。すると慌てたように彼が動き出して驚いたのだ。目覚めてからの第一声は「ごめんお腹すいてたっ?」である。何故だか酷く動揺していて、私は羞恥も忘れて「フレンチトースト食べる?」と言ったのだ。彼は途端に落ち着いて、「うん」と、普段通り答えた。それから何度か、同じような事をして、二月も経たない内にご飯の話をすれば目が覚めるらしいと知った。

「サンドイッチ……」
「コーンスープもあるよ」
「…あと5分」
どうやら眠気の方が少しだけ強いようである。
その後目が覚めた彼と遅い朝ご飯を食べて、彼に選んでもらった服を着る。彼の服は私が選ぶ。特に意味があるわけではないけれど、強いて言うなら。男が女に服を贈る理由と同じかもしれない。私のものだっていう、所有欲を満たす、ただそれだけの理由。
今日は買い物が目的ではない為、電車で移動することにする。久々のデート、である。

話題の映画を見た。恋愛ものではなく、ファンタジーかSFか悩むような内容なもの。
予告で期待していた通り、面白くて、ハラハラドキドキと楽しめた。休日だから人が多くて、家族連れやカップル、友人同士など、様々な人がいた。各々が楽しそうに、少し疲れたように、寄り添って過ごしていた。私たちはどんな風に見えるだろうと思いながら、ゲームセンターに寄る。半券で一回無料になる為である。
「志岐さん志岐さん、私あのねこ欲しいです」
「はいはい、お姫さんはあのねこですね」
媚びるように敬語で話すと、彼はくしゃっと破顔させて笑う。付き合ってくれる何気ない彼の気遣いが好きなのだ。
店員さんを呼び止めて、件のネコのぬいぐるみを取れる位置に置いてもらい、いざ、という時に着信音が鳴る。見れば私の携帯で、珍しい職場からの電話であった。
「電話?」
「うん、職場から。ごめん、ちょっと出てくるね」
「わかった、じゃあ取っとくね」
「よろしくー」
そんな会話をして、煩いゲームセンターから離れる。そうして電話に出て、勤務変更の内容を承諾して電話を切る。意外と時間がかかったなと思いながら携帯を片付けて、彼の元に戻る為に踵を返す。

脇腹と肩にぶつかられる感触があって、お腹が熱く感じた時には、立っていられなかった。

尻もちをつきながら、自然と腹部を抑えていた手を何とはなしに見る。想像していた色ではなくて、唖然とした。赤く染まった手、熱く痛い腹部。一瞬の静寂を切り裂いたのは、劈くような誰かの悲鳴。視線を上げた時にはぶつかってきた、否、私を刺した人間の姿は見当たらなくて、大好きな彼の呆然とした姿が霞んで見えた。
力が抜ける。
頭に衝撃、視界には見慣れない天井。座っていられなくなったようだ。さして痛くなかった。彼を探そうと首を巡らすが、ぶれる視界で彼を認識できない。
首を動かすことさえ億劫で、床に重たさを預けてしまえば、ねだっていたねこのぬいぐるみが転がっている。影が落ちて、騒めきから声が聞こえる。
私の名前を呼ぶ声。
愛おしい彼の柔らかく呼ぶ声では無かったけれど、怯えるような声だったけれど、それでも彼の声で。
「なぁに…?」
と何とか話しかけてみる。
届いただろうか。
頬に暖かな感触、されるがままにしていると、彼の顔が見えた。
珍しい。
泣いている。
もっと目に焼き付けていたかったけれど、瞼がいう事を聞かない。
聴覚だけになれば、私を呼ぶ声に、唸り声が混じりだす。
「なかないでよ…?志岐には幸せになってほしいなぁ」
言ってみたけれど、聞こえただろうか。
もう、彼の泣く声しか聞こえない。

世界の雑踏も、世間の騒めきも、すべて消えて。
貴方の、声だけが。


しあわせだったんだ、だから、しあわせになってほしいな。



_______
memo.
20151121


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bkm



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