店で働くには身だしなみを整えなければいけない。いや、身だしなみを気にするのは普段から当たり前なのだが数日間神原の家にしか居ないのが常だったため、長い前髪は流す等しか気にしなかったのだ。


「ほら、前を向いて?」


うとうとしながら俯きがちになっていた俺の両頬を掴みながら正面に向けた神原は、どこかムッとしながら俺に話し掛けていた。
前髪は口下まであり、ボッサボサなため床屋に行きたいと言い出した俺に「なら自分が」と申し出た神原が切ってくれている。プロ顔負けの腕前に感心のため息が漏れる。


「肌もカサカサしてたけど大分綺麗になったわよね。手入れさせて正解だわぁ」

「別に気になりませんよ。俺、男ですし…確かに働くなら綺麗な方がいいかもしれませんが」

「嫌ねぇ、違うわよ。せっかく綺麗な顔なのに見逃したくないじゃない」


鏡に映る自分の顔を見つめる。以前と異なり目に少しかかる程度の長さになった前髪のお陰でさっぱりとした。
しかし依然として真っ黒な髪に少しだけ青掛かった黒目、焼けにくい真っ白な肌。対して整っているわけでもない顔に、同年代と比べたら細めの体。これのどこがいいのだろうか、そう感じるのだが神原は毎度俺を褒めまくる。


「だから――、」

「あら、もうこんな時間じゃない。早いところ洋服を買いに行きましょ?お下がりばかりじゃあ嫌じゃない」


聞く耳持たずといったように言葉を過って自分も出掛ける支度をし始める。オネェは服装もそれっぽいと勝手に想像していた俺の考えを打ち砕くように、神原の服装はお洒落で男らしい。
そこで「ん?」と思い出す。服を買うのは神原だが、着るのは俺である。勿論金もなく借金持ちな俺に払えるわけがないのだが――


「いらない。お下がりでいい」


神原の私服は先ほど述べたようにセンスがいい。もう着ないからともらった服だってお洒落で、とても俺には結びつかない洋服で。それをもらうのだって気が引けるのに、さらに買ってもらうだなんて。そう思って言ったのだが案の定彼はむくれた顔をして俺の腕を引っ張った。


「――さあ、行くわよ!」

「え、ええー…」


そして、強引に連れ去られるのだった。



prev top next

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -