プロローグ

「ごめんね、真広。お母さんもう疲れちゃったの」


そう母親に言われたとき、俺は正直何がどうしたのか全くわかっていなかった。
そのとき俺――野島真広は中学三年生、高校受験に向けた勉強に励んでいた頃だった。

よく考えれば母親が出て行ってしまうとわかるはずなのに、それが全く理解できていなかった俺は「何を言っているんだ」と聞き返した。しかし、母親は可哀想なモノを見るかのような目を向けて一言ごめんねと謝った。


母親と父親は、誰から見ても仲良しで有名な夫婦だった。いつまでも続くと思っていた幸せは、突然崩れていった。
父親が失業したのだ。自分勝手な後輩の失態を擦り付けられて、疑いもしない周りに責められ退職。それなりの大手企業だったため、悪い噂というのは近所で早くも回った。

でも家庭は幸せだった。貯金だってあるし、母親はちょっとした節約家だったから金には困っていなかった。父親も、仕事を無事見つけたし上手くいくと信じていた。
なのだけど、母親が突然家から出ていった。意味がわからなかった。

数日後には離婚して、父親と住むことになった俺が意味を知ったのは時間が掛からなかった。


原因は父親が酒の暴飲をやめなかったこと。酷いときは暴力を振るうこと。
最近は我慢していたし、少しでも父親の為にとバイトをして稼いだお金は酒代に消えた。耐え抜いて高校を卒業したら一人暮らしを考えていたのに…

高校三年生のある日、父親が失踪した。


上手くいっていたはずの仕事は、俺がバイトをしてから辞めていた。否、今までいいとこ勤めだった父親は堪えきれず上司にキレたそうだ。
そのままストレスを抱えて酒に走り、仕事に行ったように思い疑わなかった昼間には借金をしてまでも遊び歩いていたようだ。


そう、借金があった。


ある日請求にきた男たちに初めて聞いたのだ。父親が消えたのは、その前日。
何千万にも上る多額の借金を抱えたまま高校なんて通えない。俺はそのまま家を、身の回りのものを売り捨て途方にくれていた。



「あら、どうしたのかしら。風邪を引いてしまうわよ」


雨がしとしとと降る夜更けだっただろうか、美人にもイケメンとも取れる綺麗な顔をした、口調はあれだが男であろう人間に話し掛けられた。その人は、ずぶ濡れで薄汚い俺を笑うでもなく、傘を差し出しながら目線を合わせるように座り込んだ。


「あなた、一人?家はどこかしら…」

「……なんにも、ないよ」


そう気だるげに言い放つと、目を丸くして俺を見てきた。それから考えるように目を閉じ、時間が経ってから再び目を見開いて話し出す。


「なら、家に来ないかしら。私は神原梓馬よ。一緒に行きましょう?」


そうして手を出されたが、なかなか掴もうとしない俺に痺れを切らしたようで無理矢理に引っ張って連れて行かれる。

それが、俺とソイツの出会いだった。



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