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照明係の朝は早い。
侍従達がまず照明の点灯と共に起床する訳なので、照明係はそれよりも前に起きるだけでなく、身支度まで済ませておかねばならないのだ。それでいて、食事は侍従達と同じ時間である。厨房が稼働するのも起床と同じ時間だからだ。
照明係の夜は遅い。
全ての業務を終えた侍従達の就寝準備が終了するまでは照明を消灯出来ないからだ。飲食店の仕込みや、寝る前のお風呂やドライヤーなんかを想像すればいい。王城に勤め、王族に少しでも関わる可能性がある侍従達や近衛騎士達、王族の食事を用意する王族料理人などは、体の隅々にまで気を使う。

こう言えば分かりやすいかも知れないが、照明係と言うのは主電源の様なもので、豊富な魔力を使って城中の魔機を稼働させる役目を担っている。魔機にはそれぞれバッテリーの様なものである魔石(魔力を溜め込んだ所謂パワーストーン)が埋め込まれており、その魔石と魔機本体に魔力の流れを作ってやる事で魔機は動き出す。照明もそうだが、"照明係"と言うのは通称であって、魔機全部の稼働を行う。
しかし王城を含めた広いお屋敷はその魔機の数が膨大になるため、魔石の確保や1つずついちいち稼働させて行くには時間も労力もかかる。そのため、精霊石(簡単に言えば魔石のでっかいの、尚且つ、色が濃いもの。以前デパートで手を入れて浄化するとか言うミニサイズの洞窟の様な鉱石が置いてあったが、それに近い)にある術式を書き込んで範囲内全ての魔石とリンクさせ、魔力に物を言わせて力技で全部の魔機を稼働させる。照明係に魔力量が必要なのはその為だ。

さて、照明係の仕事を始めて3年、最初はこの膨大な魔力を扱う事に苦戦を強いられていたが、今では魔力の扱いに関しては一人前の称号を頂いている。元々自分で自分の魔力に酔ってしまっていただけなのだ、慣れさえすればすぐに問題無くなった。
俺が見習いを返上する頃には、ディーは皿洗いから下拵えを通り越して賄い担当になっていたし、アレスも見習いを返上し正式な騎士として部隊に配属された。

そんな状況下、今現在の俺の目標は、『精霊石に記述する術式の解読』である。

この照明係、ただ単に魔力を流せば良いと言う事ではない。精霊石や魔機の管理も担っていたりするのだ。例えば術式が摩耗して(どう言う状態なのか化学世界の俺には想像出来ないが、術式が摩耗と言う言葉はよく使われるらしい)、1つでも魔機のリンクが途切れてしまうと、場合によっては大惨事を引き起こす可能性がある。例えばお風呂が水になったり、執務室が真っ暗になったり、食事の準備中に火が使えなくなったり。よって、術式は常時確認し、万全の体制を整えておかねばならない。
もちろん魔法の術式の専門家、国立研究所研究員や魔術院の研究者なども居るが、母数があまり多くもなければ、そんな如何にもな場所にまともに仕事を請け負ってくれる人が居るとも思えない。だそうだ。俺は上司にそう聞いた。実際、過去何らかのやりとりがあったのだろう。魔術式の解析を自分で行えるようになれば王城外の気難しい学者をわざわざ呼ぶ必要もなく、迅速に対応することも出来る。そのため、照明係は見習いを返上すると魔術式を学ぶのだそうだ。
俺の場合、言語チートは読み書きまで反映されていなかったので二重苦になった――と、言うことはなかった。むしろ魔術式に使う古代言語と呼ばれる文字の方が、この国の公用語セラフィナ語よりも馴染み深い物に近かったのだ。

簡単に実例を挙げよう。
魔石の小さい小型の魔機は魔石そのものに魔術式を書けないので、所謂基盤の様なものが付随する。例えば懐中電灯の様に持ち運べる照明の基盤にはこう書かれている。

"GAILVETA = koh * fyl -- hir : n : op ab"

そう、古代言語は、まさしく俺の元の世界のアルファベットそのものだった。正確に言えば、英語の筆記体。カリグラフィーの様なくるくるした飾りのついた文字である。このくるくるをどんどん進化させてしまった後、アルファベットの原型ではなく何故か飾りの方を残して簡略化したのがセラフィナ語だと俺は考えている。
ただ、単語や文法なんかは全く違う。ほんの少し英語を触っただけの知識しか無い俺ではあるが、適当に文字を羅列している様にしか見えない。辛うじて最初の"GAILVETA"(ゲイルヴィータ、この国の神話に登場する自然の神の内、火の神の名前だ)が読めるくらいだ。恐らく口での詠唱を古代言語化しているのだと思うが、英語と言うよりは、チラッと見たことがあるプログラミング言語の方が近そうな印象さえ受ける。

文字は読めるが、単語や記号の使い方を覚えなくてはならない。まだこの国の人に比べてアドバンテージがあっただけマシだった。

この魔術式の勉強を始めてもう半年は経つ。が、まだまだ新人の枠を抜けきらない俺に、思いもよらない試練が用意されている事を知るのは、街が祭りの準備に賑わい始めるとある夏の日のことだった。




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